5-4 文化祭初日

 去年の来場者数は凡そ一万人。大規模な高校の文化祭では一万五千や二万人が来ると言うのだから、僕らの高校の文化祭はなかなか中規模だと言えるだろう。

 そしていよいよ今日は文化祭初日、僕らは朝のホームルームを終えると、部室である視聴覚室に集合した。今日と明日は授業も無いため気楽だ。それだけで何故が楽しく感じるのだが、午後から始まる文化祭のことを考えるとワクワクが止まらなかった。


 部室に集合した僕らはそれぞれ最終確認を行う。三年生と二年生は自主製作したプラネタリウムの最終チェック、一年生である僕らは視聴覚室の遮光チェックと受付の設置だ。

 視聴覚室の中の机を装飾し、手作りの受付台を設置。そこでチケットを販売する。ちなみに売り子と呼び込みは女子生徒が担当し、案内と交通整理を男子生徒が担当する。

 プラネタリウムの上映時間は約二十分、女子生徒の音声案内付きと豪華なもの。一時間ごとに上映する予定なので今日は二回。明日は午前と午後合わせて四回。合計で六回の上映だ。これだけでも気合の入り方が違うとわかってもらえるだろう。

 それぞれ担当が分かれている事から、十四人居るメンバーを七人ずつに分け、二グループで運営を行う予定だ。一方のグループが上映している間は、もう片方のグループの休憩時間と自由行動だ。僕は幸いなことに里奈率いる副部長のグループなので、あとで時間を決めて合流する予定だ。

 部活動で催し物を行う生徒は学校側の許可を得て、自分たちのクラスの催し物を手伝わなくていいとされている。しかしさすがに一度も顔を出さない訳にはいかない。こういった配慮は本当に有難いと思える。


「それじゃ、全員集まって」


 真壁部長が少し上ずった声で集合の合図を出す。さすがの真壁部長も緊張しているようだ、いつものポーカーフェイスが崩れている。その緊張が部員にも伝わったのか、涙を浮かべている一年生も出る始末だ。


「みんな緊張せずに、とにかく怪我だけはしないように各自注意を払っていきましょう。では佐々木先生、お願いします」


 真壁部長はそういうと、僕らの顧問である佐々木先生に視線を送った。佐々木先生は静かに頷いてニコッと笑った。


「真壁部長の言う通り。もしかすると焦ったり失敗したりするかもしれない。けれど大丈夫だ。それもすべて君たちの糧となる。とにかく怪我だけはしないこと。私から言えるのはそれだけだ」


 部室に『はい!』という声が響く。天文部、十四人の心がひとつになった瞬間だ。僕は真壁部長から受け取っていたネームホルダーを首にかける、

 このネームホルダーは催し物をする生徒だけがつける。いわゆる目印のようなもので、名前と教室、それと催し物が大きく書かれている。もちろん僕のネームホルダーにも大きく『一年織部直斗・三階視聴覚室・プラネタリウム』と書かれていた。

 僕は里奈に視線を向ける、彼女のカウントダウンは未だに点滅中。お願いだから文化祭の最中には動かないでくれ。


 そして午後になり、文化祭が始まった。

 今日の上演は午後一時半と二時半の二回。僕は二時半の里奈班のグループだ。始まったとはいうものの、すぐにお客が来るわけでは無い。開催してすぐにプラネタリウムを観に来るお客の方が珍しい。

 大半のお客はとりあえず校内を一周してそれから落ち着ける場所を探すだろう。今日のメインはどちらかと言えば二時半の回だと思われる。一時半の上映は真壁班の担当なので僕らは自由時間だ。

 僕のクラスはチュロス屋を催し物にしており、僕の担当は運び込み、昨日のうちに商店街から購入したチュロスを運び込んでいたため、僕の仕事は基本的に無い。

 とりあえず顔だけ出して適当に視聴覚室に戻ればいいと考えていた。


 教室棟と教員棟を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、全校生徒七百五十三人による寄せ書きが目に付いた。既に立ち止まり数組の生徒が、笑いながら寄せ書きを見ていた。

 僕は少しだけスピードを落とし、自分の書いたパネルを探す。巨大寄せ書きは高さ五メートル、幅二十メートルにもなる巨大な板だ。風で飛ばないように紐で補強しているが、時折吹く強風でガタガタと靡いていた。


「あ、あった」


 自分の寄せ書きを見つけ、少しだけ嬉しくなった。明日、里奈と合流したら一緒に彼女のも探すことにしよう。そして僕は歩く速度を上げ自分のクラスに向かった。


 自分のクラスでクラスメイトと他愛のない会話をしていると時間があっという間に過ぎ、僕のグループが担当する時間となった。

 僕は急ぎ足で視聴覚室へ向かい準備を行う。

 視聴覚室に戻ると僕はその光景に少し驚いた。教室から何人もの生徒の姿やお客が出てきていたのだ。一時半の回のお客だろうけど、僕の想定よりも多かった。

 人波をかき分け教室内に入るとすでに二時半の回を待っている生徒たちがあらかじめ用意していた椅子に座って談笑していた。

 そんなとき、後ろから良く知る声が聞こえる。


「直斗君」


 僕がその声に振り返ると、そこには田沼の姿があった。


「田沼さん、来てくれたんですか」

「ああ、久しぶりに君に会いたくなった。それにいい気分転換になると思ってね。高校の文化祭なんてなかなか来れないからさ。君という知り合いがいてよかった」


 田沼はそういうと、大きな口を開け欠伸をした。相変わらずボロボロのスーツに何故か足元はサンダル。寝ぐせのついたボサボサの頭に無常髭、正直知り合いで無ければ、距離を置きたい格好だ。

 とはいえこの人は僕が唯一信じられる大人で尊敬する人物。無下には出来ない。


「それは嬉しいですが、もう少し身なりを整えたらどうですか。そんな事だから彼女のひとりも居ないんですよ」

「あはは。相変わらず手厳しいな君は。ま、俺は独り身が好きなのさ。独身貴族ってやつだ。気楽でいいぞ?」


 田沼はそういうとポリポリと頭を掻いた。ポロポロと髪の毛からフケが落ちている。後で掃除しなければ。


「それで、彼女の様子はどうだい?」

「今日も変化なしです」

「そうか」

「主治医の方はどうです?」


 僕がそういうと、田沼は首を横に振った。


「あっちは仕事が忙しいらしくまだ返事が来ていない。今日か明日には電話を貰えることになっているから、何かわかり次第また連絡するよ」

「はい、ありがとうございます」

「それにしても、これはすごいな」

「でしょ? これ、僕らが作ったんですよ」


 田沼は僕らが作ったプラネタリウムドームをみて『ほお』と頷いた。自画自賛にはなるけれど、かなりの出来栄えだと思っていたので、こうやって褒められると素直に嬉しい。


「あ、田沼さん」

「ん?」


 プラネタリウムを眺めていた田沼を見つけ、里奈が話しかけて来た。


「やあ、沢口さん。久しぶり」

「お久しぶりです。先日は本当にありがとうございました」

「いやいや、気にしないでくれ」


 田沼はそういうと、またポリポリと頭を搔いた。それフケが飛ぶからやめてくれませんか。僕がそんな事を考えていると、里奈は田沼に何度も頭を下げた。里奈と一緒に田沼のお見舞いに訪れた事もあるため、正直結構親しい間柄になっている。

 それでも里奈は田沼に対して毎回お礼を述べている。こういう真面目な性格は本当に凄いと思う。


「今日も病院はお休みですか?」

「そうなんだ、今日も臨時休業」

「ふふ、いい加減働かないと潰れちゃいますよ」

「それは良くないな。もう少しだけ、自由を満喫したら働くとするよ」


 田沼はそう言うと笑った。つられて里奈も笑う。

 悪くない、こんな日常も本当に悪くない。大好きな人が傍に居て、尊敬できる大人も傍に居る。カウントダウンなど気にせずに、この時間が続ければ最高だと感じていた。

 神が僕に平穏な日々を与えたのか、この日も里奈のカウントダウンが動くことはなく、そして文化祭初日も無事終わった。

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