4-7 その視線の先へ

 僕は驚愕した。

 いま、里奈はなんと言った。口の中が渇く。その影響でうまく言葉を発する事が出来ない。


「ねえ、私をちゃんとみてくれている?」


 最初は僕の空耳かと思った。しかし違う。もう一度里奈は同じ言葉を繰り返す。


「い、一体何を言っているんだ」

「直斗、私をみて」

「みているよ、いつも里奈をみている」

「ううん、違う」


 里奈は自分が言った言葉を理解出来ていないようだ。


「別のなにかをずっとみている。そんな気がするの」


 間違いない、里奈は僕がみているその視線の先を感じたのだ。

 僕が他人のカウントダウンをみるとき、決して視線をあげない。カウントダウンは人の頭の上に表示される。しかしその僕の視線を追った時、相手の目ではなく、そこより少し上のあたりになる。

 それでは相手からすれば目を合わせていない事になり、怪しまれる可能性もある。そのため僕はあのカウントダウンを直接見るわけでは無く、周辺視野でみる。そうすれば視線を上げる事も無いし、怪しまれる事も無い。これは僕が十六年間生きて来た中での処世術といえる。

 しかし里奈はそれに気づいたのだ。


「あれ? 私なにいってんんだろ」


 そんなことあるわけないよね、と里奈は少し寂しそうな表情を浮かべ、僕に背を向け歩き出した。

 まさかこんな日が来るとは、僕は心底驚いていた。僕のカウントダウンを見透かす人間が現れるとは思ってもみなかった。千夏にしても田沼にしても僕が自ら話さなければ、この『みえるひと』の能力を知る事はない。そう思っていた。けれど違う、ここに居たのだ。僕を見つけてくれる人は。


「里奈」


 僕は里奈の後ろ姿に声をかける。里奈は足を止めゆっくりと僕を振り返る。少し疲れた顔をしているけど、今日も可愛い。本当に僕の大切な人。そして本当の僕をみてくれた人。これ以上隠しているのは苦しい。


「なに? どうしたの?」

「僕は……みえるんだ」

「え、なにが?」


 口の中がまた一気に乾く、乾いたクラッカーを食べたときのように口の中の水分が一気に失われていく感覚に襲われる。舌も重くうまく言葉を発する事が出来ない。

 けれど、言いたい。

 僕は伝えたい。


「里奈の寿命がみえるんだ」


 その言葉を伝えたとき、彼女は一体どんな表情だったのか。それをみることはない。

 僕は自らの顔を伏せ、彼女の足元をみていた。白く細い綺麗な足。紺色の靴下に学校指定の革靴。川口は汚れておらず綺麗好きな彼女の事だ、定期的に磨いているのだろう。不精の僕とは雲泥の差だ。

 彼女の足元に枯れ葉が集まり、何枚かが重なる。そんなときふわっと冷たい風が吹いた。彼女の制服のスカートを少しだけ靡かせる。


「な、なにを言っているの?」


 当然だ。君の寿命がみえるだなんて頭のおかしい奴がいうセリフだ。それでも僕は伝えたい、信じてほしい。僕の能力を。君に迫っている危険を。


「私の、寿命がみえる?」

「うん、そうだ。僕には誰にも言えない能力がある。それは他人の寿命を見通す事が出来る力だ」


 里奈は口を開かない。


「僕は小学校の頃、この力が手に入れた。正直、こんな能力全然有難くないけど、今は神様に感謝している。それで里奈を助けられたのだから」

「ちょ、ちょっと待ってよ。なにを言っているの、全然理解出来ない。神様? 一体なんの話をしているの」

「理解出来ないのも無理はないよ。けれど、この力が無ければ君はあの佐藤に殺されていたんだ。それを救ったのは僕の『みえるひと』の能力だったんだ」

「な、なんの……直斗なにを言っているの」

「里奈のカウントダウンは一度止まったんだ。けれどまたみえたんだ。また動き出すかもしれない。だから君は僕の傍を離れちゃダメなんだ」


 僕は里奈の肩に手を乗せる。

 すると里奈はビクッと身体を震わせ、僕の手を振り払った。


「さ、触らないで」


 里奈は両手を身体の前に出し僕を見つめる、それはまるで怯えた子猫のようだった。その姿を見て僕は悲しくなった。


「里奈、信じてくれ。僕にはみえるんだ。君の寿命が!」

「そんなこと信じられるわけないじゃない!」

「でも君の危機を救っただろ? あれは君の寿命がみえたからなんだ。佐藤が現れたあの日、恐らく君は刺され重傷を負う予定だったんだ。それを僕と田沼さんで救ったんだ」

「ど、どうしていま田沼さんが出てくるの」

「あの人は僕の親戚じゃない。僕の協力者だ。唯一信じられる大人なんだ」

「え、嘘をついていたの……」

「結果的にそうなるけど、でもつきたくてついたんじゃない。君を助けるためについた嘘だ」


 やめろ、これ以上言うな。僕は心の中で叫ぶ。しかし口から出る言葉は止まらない。


「大丈夫、僕を信じてくれ。必ず君を救ってみせる」


 僕は里奈に一歩近づく。すると里奈は一歩下がった。これではいくら近づいても距離は縮まらない。しかし里奈が何歩か下がった時、灰色のブロック塀に突き当たった。


「どうして僕から離れるんだい。君は僕と一緒に居なきゃいけないんだ」

「ま、待ってよ。直斗、どうかしたの。いつもの直斗じゃない」


 僕は里奈に逃げられると思い一気に近づき、彼女の両肩を掴む。


「ちょっとやめて、直斗。なんなの、なにを言っているの。私わけがわかんないよ」

「いいから、僕の言う事を聞いてくれ」

「いやよ、寿命がみえるなんて信じられるわけないじゃない」

「いいから」

「なにがいいのよ! 離して……!」


 里奈が両手を突き出し、僕を押す。なんでわかってくれない。僕が守らなきゃいけないんだ。いや僕しか君を救えないんだぞ。


「里奈!」


 僕は思わず声を荒げる。次の瞬間、里奈はビクッと身体を震わせ大きな瞳に涙を溜めた。その姿を見た僕は、ハッと我に返る。

 僕の声で歩いていた人が振り返った。

 ざわつく周囲に僕は思わず拳を握りしめその場に立ち尽くす。僕は一体なにをしているのだ。何故里奈に対して大きな声をあげなければならない。里奈は当事者だ。守るべき対象だ。それなのに僕は何故怒鳴ったりした。里奈を助けたいのなら協力者になってもらわなくては困るのではないのか。

 長い沈黙が流れ、僕も里奈も口を開かない。

 そんな時、秋の冷たい風が僕らにあたる。その風は少し紅潮した僕の頬を冷やす。


「……」

「……り」


 やっとの思いで口を開く僕は、彼女の名前を呼ぼうとした。しかし彼女は踵を返し僕に背を向けた。


「直斗じゃない」


 彼女の足が一歩進む。どこへ行く。僕の傍から離れるんじゃない。追え、追って彼女と一緒に居るんだ。動け、動け僕の足。

 そんな時、里奈が振り返り横目で僕を見て言った。


「あなたは……誰。あなた私の知っている直斗くんじゃない」


 そう言い残し、僕から遠ざかる里奈。

 やめろ、そんな言葉君から聞きたくはない。そんな言葉を聞くために僕は『みえるひと』の能力を話したんじゃない。

 しかし動けない。僕は里奈の背中をみているしかなかった。

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