4-6 生徒会

 僕は自宅に着くと制服のまま自室のベッドに身体を預け天井をぼーっと眺めた。目の前には白い天井、天井のシミをみつめてあれはいつ付いたものだろうかと、そんな事を考えていた。

 そんな時ポケットの中のスマートフォンがブルブルと短く震える、着信であればバイブレーションが長く震えるのでこれはメールかLINEだろう。里奈の可能性は低いが確認しない訳にはいかない。僕は重い身体を動かしスマートフォンを取り出す。

 それは田沼からの連絡だった。『今日の変化は?』とある。文字を打つのも億劫だったが連絡をしない訳にもいかない。僕は簡単に『今日も変化なし』と返事を書き、また天井を見上げた。


 僕は里奈の夢を否定した。何故、彼女の夢を否定したのだろうとずっと考えていた。

 夢を追う里奈が眩しかったから?

 いや違う。里奈の夢を否定するつもりは毛頭ない。しかし彼女には点滅し続けるカウントダウンがある。あれが僕を否定させた。自分の感情が上手く制御出来ない。彼女の夢とカウントダウン、何が関係ある。

 答えは明白だ、彼女が副部長になる事により一緒に居る時間が限られてしまう。部活の最中は一緒に居られるが生徒会との打ち合わせもあるだろうし、帰る時間も疎らになる事は間違いない。僕にはそれが不安で仕方が無いからだ。

 しかしカウントダウンがみえない彼女からすれば、それはある意味束縛と言える。彼女を箱に入れて安全な場所に隔離していれば、あのカウントダウンが動き出す可能性は低い。だがそんな事をして彼女は喜ぶだろうか。本当にそれが彼女の為だというのか。

 そんな考えがぐるぐると回る。けれどもう遅い、僕は彼女を否定しまった。取り返しのつかない事を言ってしまった。僕は今更後悔した。


 否定したときの彼女の表情が今も脳裏にこびりついている。

 少し照れながら夢を語った彼女の顔が、僕の一言でとても悲しそうな顔に変わった。それの顔を引き越したのは紛れもなく僕の一言だ。本当は応援してほしかったのだろう。

 でも僕の口から出た言葉はそれと真逆のものだった。彼女が悲しむ理由がわからない程僕は馬鹿じゃない。


 その後、彼女からのLINEの返事は実に呆気ないものだった。ただの生存確認程度のもので短く返事が来るのみ。結局僕はこの日、夜はうまく寝付けず、気が付くと明け方になっていた。


 次の日、眠い目をこすりながら里奈の家に彼女を迎えに行く。何度も通った彼女の家、だが昨日とは打って変わって足取りは重い。見えた景色さえも変わって見えた。

 家に向かうまでに通る公園から枯れ葉が舞う。季節はいつの間にか秋に変わり、街は少し寂しそうにみえた。時折吹く風が僕の頬を少し冷たくさせる。たった一ヶ月で肌寒い季節に変わっていた。

 玄関から出て来た彼女の表情は少し暗い。簡単に挨拶をして駅に向かう。昨日までの楽しかった光景はここにない。けれど昨日と変わらない現象、彼女のカウントダウンは未だに点滅している。


 駅に向かう道中で、彼女がいつも持参しているポーチを僕に手渡してきた。それは里奈がいつも僕の為に作ってくれている弁当の入ったポーチだ。


「これ、今日はひとりで食べて」

「え……」

「今日のお昼、真壁さんと打ち合わせがあるの」

「あ、うん。そっか」


 僕は里奈からポーチを受け取る。僕が里奈を迎えに行くようになってからというもの、ずっと彼女は僕のために毎日手作り弁当を用意してくれている。それを昼休み一緒に食べるのが僕ら二人の日課となっていた。これを僕に渡すと言う事は今日はそれが出来ないという事か。


「今日の帰りは何時ぐらいになる?」

「どうかな、今日は生徒会と文化祭の打ち合わせがあるから。先に帰っていいよ」


 僕の悪い予感は的中した。副部長ともなれば今月末に控える文化祭の実行委員も兼ねる事になる。学校で一緒に居る時間が短くなるし、必然的に帰りも遅くなる。それが僕は嫌だった。それではいつカウントダウンがスタートしたか把握する事が出来ない。


「いや、待つよ。終わったら連絡して」

「いいって、何時になるか分からないし。それに真壁さんも一緒だから」

「そうはいかない」

「どうして?」


『君のカウントダウンはいつ始まってもおかしくないからだ』

 そう言いたかった、伝えたかった。けれどダメだ。田沼以外の大人は皆同じ目で僕を見てくる。里奈にまであの冷たく白い目で見られるのは耐えられない。

 僕は答える事できず無言のまま学校へと向かう。最悪だ。


 それから大した会話も無く学校へ到着し、里奈と別れた。僕は重い足取りで自分のクラスへと向かった。もし里奈と同じ学年だったのなら、同じクラスだったのなら僕が部長に立候補すれば一緒に居られた。しかし僕はまだ一年生、里奈は二年生。ここには近くて遠い壁が立ちはだかっていた。

 昼休みにLINEを送るも既読は付かず不安が過る。無理矢理会いに行くべきか?

 いやさすがにそれは迷惑になるだろう。今朝カウントダウンは確認した。未だに動いていない。それになんて会いに行く。そんな事を考えながら校内をうろついていた。

 色々考えた挙句、結論が出ないまま僕は仕方なく里奈の弁当を食べる事にした。今日も里奈の弁当は美味しい。けれどそれはいつもより味気ない気がした。

 里奈と一緒だという調味料が不足していたからか、それとも彼女を怒らせたという現実が僕の舌をそう感じさせたのかはわからなかった。


 一日の授業が終わり部活の時間になった、この時間になっても昼のLINEは既読が付かない。僕は部室である視聴覚室へ行き里奈の姿を探す。

 しかし見当たらず僕は焦り、同じ二年生の先輩二人に聞いてみた。


「沢口? 今日はこっちに来ないよ。確か生徒会じゃなかったっけ」

「うん、真壁さんも一緒だよね」


 やっぱりそうか。僕は先輩二人に頭を下げ生徒会室に向かう。今朝別れてから里奈の姿を見ていない。もし僕が知らないうちにカウントダウンが進んでいたら大変な事になる。それだけは確認したい。


 僕は視聴覚室を飛び出し生徒会室へ向かう。僕の学校は校舎が二つに分かれている、ひとつは生徒の教室がある教室棟。もうひとつは職員室や視聴覚室などがある職員棟だ。それぞれは長い渡り廊下で繋がっており外に出る事無く自由に行き来が出来る。生徒会室もその職員棟の中にある。視聴覚室は職員棟の二階、生徒会室は三階だ。

 生徒会室に辿り着いた僕は、外から室内を窺う。ガラス張りの教室だが磨りガラスで中の様子を見る事は出来ない。

 中から数人の話し声が聞こえる、初めて聞く声と真壁さんらしき女子生徒が会話をしており、残念ながら里奈の声は聞こえない。僕の能力は対象者を見る事で確認出来るため声だけではダメだ、実際里奈をみなければならない。


 少しだけ隙間を開けて様子を伺うか?

 それも考えた、しかしその姿を誰かに見られてしまえば、これ以上ないぐらい怪しい生徒と言える。最悪な事にここは職員棟、ひっきりなしに先生が行き来しており、それをするにはリスクが高すぎる。

 結局、考えが定まらず僕は生徒会室の前をうろうろと歩いたり、廊下から見える校庭をボーッと見たりして時間を潰した。


 それから二時間ほどが経過し、夕日が沈み辺りが暗くなる頃、生徒会室の中からガタガタと椅子を動かす音が聞こえた。教室の扉が開き上級生らしき生徒が出てくる。

 上級生らしき生徒が僕の姿を見つけ少し不審がる、しかしそんな事気にしている余裕は無い。僕はその上級生とすれ違い生徒会室の奥に視線を送る。居た、里奈だ。開かれた扉から里奈の姿が見える。里奈はノートと筆箱を自分の鞄に入れているところだった。

 僕はその里奈の姿を見てホッと安どのため息が漏れる。良かった、カウントダウンは未だにスタートしていない。今も変わらず点滅したままだった。

 そんな時、天文部の新部長・真壁さんが僕の姿を見つけて声をかけてきた。


「あら織部君じゃない。こんな時間までどうしたの?」


 真壁さんは僕の顔を見つめ、少しだけ不思議そうな表情を浮かべたが、すぐにニコッとほほ笑んで背中を向ける。


「沢口さん、織部君が迎えてに来てくれているよ」


 真壁さんが里奈を呼ぶ、里奈はようやく僕に気づいたようで、彼女は少し驚いた表情を浮かべた。今朝から実に十時間ぶりの彼女の姿。髪の毛は少し乱れ、少し疲れ気味の様子。無理もない、昼休みも返上し今まで打ち合わせてしていたのだから。でも無事でよかった、僕は思わず泣きそうになる感情をグッと我慢し彼女の言葉を待った。


「待っていてくれたの……?」

「う、うん」


 里奈は少し俯いて小さく『ありがと』と呟く。そして鞄を肩にかけ僕の袖口を掴み『帰ろ』と短く言った。その横顔は照れているとも少し怒っているとも見える。

 いやそのどちらの可能性もある。そうして僕らは足早に学校を出た。


 学校からの帰り道、辺りはもう暗くなっており、街灯が街と僕らが歩く道を照らしだす。時折吹く紙が僕らの体温を奪う。しかし僕の心は寒くない。大好きな彼女が居て、僕がその隣に居る。これを幸せと言わないならなんというべきか。


「里奈、これ」


 道すがら僕は今朝受け取った弁当箱が入ったポーチを渡す。


「今日も美味しかった」

「うん」


 ポーチを受け取ると里奈は俯いた。そして足を止めて小さく呟いた。


「もうこんな事しないで。私先に帰っていいって言ったよね」

「ごめん」


 僕は言葉を詰まらせる、確かに彼女待つにも限度というものがある。今日は少し行き過ぎている感はあった。しかし彼女の点滅の謎が解けるまでは一緒に居なければならない。別に手段を考える必要がある。

 僕は彼女の様子を窺う、やはり怒っているのだろうか。


「ねえ」

「うん?」


 彼女が何かを話そうとしている。一体何を話す気だろうか。


「直斗くんは一体何をみているの?」

「え……」


 里奈は静かにその言葉を続けた。


「私をみてくれているようで、実は私をみてくれていない。何故かそんな気がする」

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