3-1 カウントダウン
里奈と結ばれた次の日、僕は田沼雄二の著書『みえるひと』を探した。本屋を何軒かまわったもののどこも置いておらず、結局注文して取り寄せる事になった。明日には店に入荷するらしいので、また明日本屋に行く事とした。
そしてその日の夜、僕は里奈とLINEで色々な事を話した。正式に付き合う事になった僕らの会話が途絶える事は無かった。どんな星座が好きだとは天文部らしいやり取りや普通のカップルのような今度の土曜日どこへ行こうとか。
寝落ちするまでそれは続いた。
次の日、僕は眠い目を擦りながら登校する。正直学校は好きじゃない。見たくもないものを見る事がある。それは登下校以外でもみえてしまう。
幸い今日は誰の寿命も見える事は無かった。休み時間になり僕はスマートフォンを取り出す。里奈からLINEが来ていた。
『今日、一緒に帰らない?』
僕はスマートフォンの画面を覗き込み、笑顔が零れた。昨日合宿があった為、各自身体を休めるようにと言う事で今日の部活動は無い。僕は画面を操作し『はい』と短く打つ。もう少し愛想よくした方が良かったのだろうか。
でも申し訳ない、普通のカップルがどんなやり取りをするのか知らなかっただから。
今度それとなく妹の千夏に聞いてみよう。
今日の授業はとても長く感じた。何度も何度も教室内の時計を確認する。時折机の中に隠したスマートフォンを見るがさすがに里奈からの返信は無い。里奈は優等生で真面目な性格なので当然だ。
早く授業終われ、そう何度も思った。申し訳ない事に今日の内容は全く頭に入ってこない。次の休み時間、里奈とそのことをLINEで連絡すると、里奈も同じだと帰って来た。
その返信にまた僕の顔から笑顔が零れた。
「織部。何ニヤニヤしているんだよ」
クラスメイトが僕の顔を見て訝しがった。危ない、つい笑顔が零れてしまう。僕はスマートフォンを机の中にしまい何でもない、と表情を戻した。
長い長い授業が終わり、待ちに待った下校の時間。スマートフォンを確認すると『正門で待っているね』と里奈から連絡が来ていた。
僕は急いで帰り支度を整え勢いよく教室を飛び出す。正門の方に里奈を見つける。夏の制服と薄手のセーターに身を包んだ彼女。僕はその姿に何故か走った。
何故か走っていた。その姿が嬉しくて愛おしくてたまらなくなったからだと思う。
「ごめんなさい。待ちました――」
しかし僕はその姿に愕然とした。
いや、正確に言おう。その姿に愕然としたわけでは無い。彼女の頭上に見慣れたあるものが視界に入って来たから。それに愕然としたのだ。
「ううん、大丈夫、今来たところ」
彼女は明るく笑顔で僕を見つめる。その笑顔は本当に可愛らしい。けれど申し訳ない。そんな笑顔に構っていられる程、僕の心に余裕は無い。
彼女の頭上に、『あのカウントダウン』が見えたからだ!
「じゃいこっか」
彼女はそう言った。いや待って。それどころでは無い。僕は今の状況が把握出来ず、ただそこに立ち尽くしていた。
何故、何故、どうして里奈の寿命が見えるのだ! そんなのあり得ない! こんな事信じられる訳がない!
全身の毛が逆立つ感覚、胸の奥底から湧き出る激しい吐き気。一瞬にして噴き出した冷や汗で身体中が冷える。それはまるで頭から冷水をぶっかけられたかのように僕を極寒の地へ誘う。血の気が引いていく。短いながらもそういった経験は少なくない。けれど今ほど血の気が引いた事は無い。正真正銘、生まれて初めての絶望。
「今日は部活が無くて良かった。ねえ一緒に行きたい場所があるんだけど。時間はある?」
僕の目がおかしくなったのか。僕は目をギュッと瞑り頭をブンブン振る。良いか。あれは幻だ。きっとカウントダウンを見過ぎて、その残像が里奈の頭の上にも見えてしまっただけだ。
僕は数秒目を閉じ、大きく深呼吸。激しく動揺する自分を落ち着かせる。そして目を開き再び里奈の頭上を確認する。
「な、直斗くん、どうしたの?」
どうしてだ。
無慈悲のカウントダウン。彼女の頭上にそれはあった。
『79:07』
それは確かにあった。七十九時間と七分。彼女の命は、残り三日と七時間七分。
そんな馬鹿な。こんな事あってたまるか。何かの間違いだ。きっとそうだ。これは夢だ。
「ねえ……直斗くん。どうしたの顔色悪いよ……」
当たり前だ。この状況で冷静で入られる程僕は大人じゃない。七十九時間。僕の能力は九十九時間前まで見られる。という事はつまり――。
昨日僕と別れてしばらくして里奈のカウントダウンが始まったと言う事になる。
僕はスマートフォンで今の時間を確認する。現在午後三時四十四分。月曜日。つまり木曜日の午後十時五十一分に里奈は亡くなると言う事か。
「ふ、ふざけるな……!」
「え?」
僕はスマートフォンを握りしめる。本当ならばこのスマートフォンを地面に投げつけ怒りをぶつけたいところだが残り時間を確認するためにそれはやってはいけない。
どうする。どうすれば里奈のカウントダウンは止まる。誰かに助けるを求めるか。いや今まで何人もの大人に僕のカウントダウンを話してきた。けれど誰一人として信じてくれる大人は居なかった。病院の先生だって、両親ですら信じてくれなかった。
いや、良く考えろ。冷静になるんだ。逆に考えろ。
でも何を冷静に考える。あと七十九時間しかないんだぞ。
僕の能力に間違いが無ければ、あと七十九時間。それで里奈は死んでしまう。
「ねえ、直斗くん?」
「え、あ、あ、里奈……さん」
「どうしたの? 汗びっしょりだよ」
「な、なんでもないです」
「なんでもないなんて嘘」
「なんでもないって!」
僕は何故か大きな声をあげてしまった。ここが正門で周りにも多くの下校中の生徒が居る事を忘れて。
「何があったの……」
何が?
話すか、僕の能力を。
いや信じてもらえる可能性は限りなく低い。それに話して何になる。『里奈さんあなたはあと七十九時間の命です』とでも言うのか。そんなこと本当に信じられると思うか。それそこ僕の言う事を信じたとしてもそれが一体何の解決になるというんだ。
そんな事をしたってカウントダウンは止められない。今まで何度も相手に告げて来た。それでも信じてくれなかったし、カウントダウンは止まらなかったんだ。
「直斗くん……」
里奈が鞄からハンカチを取り出し僕の額に流れる汗を拭く。自然と里奈の手の平、指が僕に触れて彼女の体温を感じる。少し冷たいけれど温かい。今、里奈はちゃんと生きている。
けれどあと七十九時間。あと七十九時間しかないんだ。
どうする。どうすればカウントダウンは止まるんだ。考えろ、考えるんだ。今まで何もしなかったじゃないか。僕はカウントダウンを止められなかったじゃないか。里奈のカウントダウンもただ見て終わらせる気か。彼女の死を受け入れるつもりか。
「大丈夫? 昨日の合宿で疲れちゃったのかな。うん、初めての合宿だもんね。仕方ないよ」
「そ、そうじゃない。そうじゃないけど」
「でも汗びっしょりだし。それに……」
何だ。一体何を話すつもりだ。申し訳ないけれど僕は今、心の余裕が無い。感情がぐちゃぐちゃになっている。
「いまにも泣きそうな顔している」
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