第23話 閑話 魔物の異変




「ハァハァ、ハァ。なん、だよ。なんなんだよ。あの、魔物達はッ!?」


 鉄鎧に身を包み、ところどころ怪我を負っている大剣を背に担ぐ男性。夜の森の中を全速力で叫びながら走る。何者かに追われているのかその顔は蒼白で叫んでいる言葉も何処か呂律が回っていない。

 そんな男性の背後から森の木々を薙ぎ倒しながら男性を仕留めようと追っての魔物達が襲ってくる。


「ふざけんな。依頼と内容が違うじゃねぇか!! あんな化物みたいな魔物がうじゃうじゃいるなんて聞いてねえよ!――俺の仲間も……クソッ!」


 仲間を連れず、一人で駆ける男は誰にも聞こえないとわかっていながらも愚痴を吐く。



 この頃魔物の様子がおかしいと『フラット支店冒険者ギルド』に調査依頼が来た。ただ『フラット公爵領』周辺の冒険者達のほとんどが『王国』に召喚された『救世主』を一目見ようと『王都』に集まってしまいほとんどが不在。

 そこで冒険者ギルドはやむを得ない思いでたまたま居合わせた「Cランクパーティ」に調査依頼を出した。場所は『フラット公爵領』近くの「たどの森」。


 調査依頼なので普段なら簡単な仕事だが――蓋を開けてみたら「絶望」の一言だった。


 普段は「初心者用」と呼ばれる雑魚魔物が出てくる「たどの森」。ただ様子がおかしい。森の中には魔物は愚か、小動物の気配すら感じない。冒険者達がおかしいと思っていた時、それは既に近くまで来ていた。



 その魔物は――



「――なんで、なんで、なんで――ブラッドグリズリーなんかがに出てきやがる!!?」


 その男性は叫び散らかし、今も追いつこうとしている魔物、ブラッドグリズリーから逃げる。



 ブラッドグリズリー


 「たどの森」に生息している赤黒い毛皮を持つ熊。推定「Cランク」の魔物。普段は温厚な性格で森の奥深くに潜み生活している。その為誰かが無闇に近付きブラッドグリズリーの機嫌を損なえない限り相手からは何もしてこない――はずだった。


 ブラッドグリズリーは突如冒険者達の目の前に現れると暴虐の限りを尽くした。


 突然のことで油断していたヒーラーの女性をまずその大きな腕で薙ぎ払う。仲間がやられたことを察した剣士は激情し、ブラッドグリズリーに持っていた剣で攻撃をする。怯んだところを魔法使いと短剣使いが攻撃を仕掛けようとしたが、動けなかった。それはそうだ――周りにブラッドグリズリーがもいたのだから。


 一頭でも厳しいブラッドグリズリーが複数対いる状況。そんなもの勝てるわけが無い――と判断したパーティリーダーが退避するよう声をかけるが、既に時遅し。ブラッドグリズリー以外にも他の凶悪な魔物達が冒険者達を囲むように現れた。


 その状況を見て無理だと確信したパーティリーダーは自分が犠牲になり、せめてでも仲間の逃げる時間を作ろうと思った。自分はパーティリーダーで依頼を受けた張本人なのだから、けじめをつけようとした。だが――他の仲間達は逃げることをせずに果敢に魔物達に挑む。ただそれは勇敢ではない。ただの蛮勇だ。何故そんな馬鹿なことを――と思っていたら。


『――リーダー。アンタとの冒険楽しかったよ。ただ、どうやらここでお別れのようだ。アリーシャもやられて、魔物達もこんなにいやがる。だから――リーダー、アンタは逃げろ。そしてギルドに伝えてくれ!』


 剣士が代表してパーティリーダーに伝える。それを皮切りに他のパーティメンバーも剣士と同じ気持ちだと言うように、リーダーを逃す為に道を作る。


 その気持ちが、想いがわかってしまったパーティリーダーは――逃げた。逃げた。逃げた。


 情けなくても、ダサくても、リーダー失格でも良かった。仲間の想い、気持ちを汲んで俺が逃げて報告をしなくては――と誓った。


 なのに――


「だ、駄目だ。もう、体力が――」


 追っての魔物達から逃げること数分。男性は疲労からか体力が切れてしまった。走ることが出来ずに近くにあった樹木に寄りかかるように倒れる。


「グルルルルッ!」


 喉の奥から猛獣のような低い声を出した何者かの声が男性がいる前方から聞こえる。そこには――赤黒毛の体毛で覆われた5メートル程の大きさの熊――ブラッドグリズリーがいた。


 ブラッドグリズリーは興奮しているようで男性しか見ていない。


 その姿を見て、自分の今の状況を鑑みて――絶望した。


「ハハッ、ついてねぇ。仲間に助けてもらったのにこのザマだ。俺はアイツらの想いすら叶えてやれねぇのかよ。チクショー」


 仲間の想いを叶えることができず、自分の死を悟ったパーティリーダーは涙する。


 ブラッドグリズリーは男性のことなど気にせず、ただ獲物を捕らえるためにノシッノシッとゆっくりと歩いてくる。


 その姿を見て吐露する――


「俺の人生に良いことがあったかは、わからねぇけど――」


 そこで言葉を止めるとブラッドグリズリーを――睨む。


「必ずお前らを倒す人物が現れる。俺らの想い、俺らの仇を撃ってくれる人物が。だから――クソッタレな楽しい人生をありがとう。バカヤロウ!」


 最後に皮肉げに言葉を残す男性。その男性に向かってブラッドグリズリーは巨腕を振り下ろす。


 男性は最後まで自分の死に目を逸らさずに――最後を終えた。



 自分達の想いが誰かに届くことを願い。




 男性の命を無慈悲に奪った魔物達はもう用が無いというように何処かに歩いて行ってしまう。


 その近くで冒険者が殺される光景を木の上からほくそ笑み見ている黒色のローブ姿の人物がいた。


「――が希望など持つからそのような末路になる。無駄な抵抗をせずにその陳腐な命を散らせばまだ見ていて愉快だ」


 ローブの中からただ一つ見える口元だけを歪ませる。


「さあ、ショータイムだ。我らの計画は狂いない。我が主に祝福を――」


 それだけ言葉を残すと夜の森と同化する様にその姿を掻き消す。

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