Puppy Love

 俺は人付き合いが苦手だ。人にペースを合わせるとか、調和だとか、そういった生温かい空気感が肌に合わない。この気質は子どもの頃から発症していて、保育園の園歌を嫌そうに歌うひねくれ坊主だったらしい。高校生の今も、合唱コンクールなど仮病で欠席したいほど。

 間違えないで欲しいのは、空気を読めない唯のアホではないことだ。苦手なだけで人付き合いは普通にできるし、俺にだって相手を尊重する気持ちは有る。ただ悲しいかな、寡黙で無愛想なやつに近づく物好きはいない。大抵は愛想が良く上品で、気軽に微笑みを振りまけるやつが人望を集めるものだ。

 そう、今も部活の後片付けなどそっちのけで女子に囲まれている、あいつみたいなやつがもてはやされるんだ。野次馬と共に顧問に帰宅を促される様子を横目に、テニスボールを拾い続けた。


 着替えを終えて部室の鍵を閉める瞬前、綺麗な声に名前を呼ばれた。ユニフォームを着たままのあいつだった。

「ごめん、一瞬待ってもらっていい?」

 わかった一秒だけな、なんて冗談を言える間柄でもなく、無言でドアを開け放ち外で待つことにした。が、綺麗な声が中から俺を呼び続けた。

「世良くんてさあ、人をよけるの上手いよね」

「即刻鍵を閉めてやろうか?」

「あ、やっと喋ってくれた」

 何がそんなに嬉しいのか分かりたくもないが、眩しい笑顔で謝罪されたのでひとまず許すことにする。

「今のは褒め言葉というか、尊敬の意味だよ」

「早くしろ」

「うん、あとちょっと。俺ね、話しかけられると笑顔になっちゃうというか、身構えちゃうというか」

 笑顔と身構えることの相関性が見えず、いやでも続きを聞きたくなった。

「本当はただ聞いていればいいのに、目の前にいる人はいい反応をする俺を見たいんだろうなあとか無駄に考えちゃうんだよね」

 徐々に声が近づいてくる。

「多分それってさ」

 迷子の子犬のような瞳と目が合った。

「人に嫌われるのが怖いんだよ」

 目元の映す寂しさとは裏腹に、彼の口元は、微笑んでいる。

 その儚さがいたたまれなくて、子犬をドアの前からどかし、俺はただドアの鍵を閉めた。

「お前を嫌うやつなんかいるかよ」

 そんなの、慰めにもならないこと、知ってる。でも無愛想な俺にはこれが最上級で最大限の励ましだった。足早にその場を離れて別れようとしたけれど、子犬は俊敏に身を滑らせ隣に陣取った。

「ねえ世良くん」

「何?」

「どうやったらありのままでいられる?」

「はあ? 知らねえよ。というか鍵戻すの付き合わなくていいから」

 危うく「ハウス」と口走るところだったがすんでのところで飲み込み、代わりに帰り道を指さす。子犬には聞こえぬふりという特技があるらしい。軽く背中を押され何事もなかったかのごとく再び職員室を目指し始めた。

「ねえ世良くん、どう?」

 またも視線で督促するものだから、やけになって適当な言葉を見繕った。これならやつも諦めてくれるだろうと思った。答え探しも、俺のことも。

「今日からありのままの俺です笑いません宣言とかどう」

「それだあ!」

「いや、『それだあ』じゃねえのよ」

 純粋さも子犬並みとは想定外。ケラケラと笑ってはしゃぎ始めた。

「世良くん、君は他の人とは違うって思ってたけど確信に変わったよ。君は天才だ」

 返答するのも億劫になり、無意識のうちに二人の間に距離が空いた。鍵を戻し、下駄箱を通り抜け、ようやく解放の時を迎えたと期待したのはやはり俺だけ。やつは夕日を背に対峙し、真面目な顔つきで俺を呼んだ。

「世良くん、俺ね」

「な、何?」

「今日からありのままの俺です笑いません! うわー言えた!」

「ふざけんな」

「なんでよー? 君は今、特別になったんだよ?」

「勝手に特別にするなよ面倒くさいから」

「ダメです。たった今から世良くんは俺の親友です」

「ちょっと待て。親友ってどういう存在か分かってるか? 分かってないよな?」

「分かりますとも。それにほら、俺の心のすっぴんは君しか知らんのだよ? なるしかなくない?」

「……ははははっ。ばーか」

 オレンジ色の淡い光が、飾らない心を優しく包んだ。

 ここから、子犬こと小夏の笑顔を独り占めするようになるのは、そう遠くない未来の話。

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