別れ道

半ば強引に帰宅してから熱が出て、学校も休んで眠り続けた。朦朧とする中、現実と夢の狭間を行き来した。

ちゅう君の足枷になるのなら‥いっそこのまま‥見つめ合った日々のままで‥

誰かに聞いた事がある。人は愛情を受けたなら、別れる時は、その倍、苦しまなければならないのだと‥愛を知らなければ、この悲しみも胸の痛みも、知らずに済んだのかな‥

一緒に過ごした日々も、朝までの電話も全て幻になるのかな‥泣いてすがれば良かったの?‥そんな事は‥出来ない。

もし出会わなければ、この痛みを知らずに済んだとしても、出会えた事に後悔はない。

すがりついてしまう前に‥離れるしか‥道はない。

夕方、サキとカナが訪ねて来た。

「大丈夫?心配したよ」

「熱、出た~もう‥だいぶいいよ」

「本当だったんだ。何かあったのかと思ったよ」

「色々あったんだけどね‥熱もほんと‥」

「どうしたの?何があったの?」

今まであった事を、サラッと話した。

「しゅう君が‥嘘でしょ‥」

サキは、今にも泣きそうに口を押さえた。

しゅう君の事‥どうしても口に出して話せずにいた‥現実なんだけど‥どこか認めたくなくて‥

「もう色々‥何も考えられないわ…心配するといけないから‥二人には話しとくね」

「うん。ショックだわ。ゆっくり休んで‥また治ったら話そ」

「うん。ありがと。心配しないで」

『無理しないでね』『なんでも言ってね』

そう言って、二人は帰って行った。

無理して笑って強がっていなければ、押し潰されそうだ。現実逃避するかの様に、布団に潜り眠った。熱は下がったのに‥次の日も次の日も体調が悪く、学校を休んだ。夜、電話の音が聞こえると、布団をかぶり耳をふさいだ。

今、会っても‥もう‥笑えない‥言葉が見つからない‥

【置いて行かないで】

涙と共に流して消した。

心の中の何かが弾けて散った。

無気力に学校に通い始めて何日か過ぎたある日、校門の外が騒がしかった‥何事かと思いながら門を出た。

「夏子」

「ゆう、何で電話出ないの~心配で来ちゃったよ~」

「ごめんね~わざわざ来てくれたんだ」

「当たり前だよ。痩せちゃって~顔が青いよ。大丈夫?」

「体調崩して、しばらく休んでたんだ」

「そうだったんだ。ちゅう君の事も聞いたよ。親の仕事覚えるのに、九州行っちゃうんでしょ?どうすんの?」

「夏子に聞きたかった事あったんだ‥あのさ~なお君、幸せにやってる?」

「それがさ‥あの後なお君‥仕事の現場で事故っちゃって‥下半身不随になっちゃったんだよ。それで、あの二人‥別れたらしいよ。せっかく祝い持ってったのにさ」

「うそ‥」

変わらぬ愛なんて、ないのだろうか‥愛があれば何でも乗り越えられるなんて幻想なのだろうか‥ホコリだらけのアパートでも、一緒にいられたら‥なんて事‥もう夢は見ない。ちゅう君は羽ばたくべき人だ。もう迷わない。

「ちゅう君の足手まといには、なりたくないんだ‥今、会ったら言いたくない事、言っちゃいそうで‥怖い。だから‥このまま離れる」

言葉にしたら、急に悲しくなって、夏子に抱きつき涙が流れて止まらなくなった。

「分かった。分かったから‥泣かないで」

夏子は、落ち着くまでずっと、抱いていてくれた。自分の涙の止め方を忘れてしまった。

「落ち着いた?ちゅう君‥こっちに残るか迷ってるみたいよ」

「それは駄目。夏子お願い‥あたしに会った事、言わないで」

「あんないい男、手放すなんて‥あたいには考えらんないわ」

「だからだよ。ちゅう君は、こんな所でウロウロしてる人じゃない」

「バカだね、ゆうは。後悔しても知らないよ」

「後悔は‥もうしてるよ。でも決心が鈍らない様に‥このまま離れる」

「あたいは嫌だな。好きなのに‥なんで別れるの?」

「今は、こうするしかない‥」

無力な自分‥ちゅう君の旅立ちを、せめて邪魔せず見送る事しか出来ない。

笑顔で送る事は出来そうにないよ‥ごめんね。強がっていなければ、心が折れてしまうから、自分に言い聞かせる様に繰り返した。

こうするしかない。こうするしかないんだ。


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