普通は必ずしも普通ではない

放課後トイレの鏡で髪型を整えていたら、サキとカナが来た。

「今日、瀬戸んち行くでしょ?」

「あ~言ってた?」

「瀬戸から誘うの珍しいよ」

「そうなの?でもあいつ‥みいの男なんでしょ?」

「あ~付き合ってたかもね。あいつら適当だよ。最近、瀬戸よくたまり場にいんじゃん。彼女出来ると家から出なくなるから、今はいないんじゃない?解りやすい男だよ」

「そうなんだ」

「瀬戸狙いの子けっこういるから、来られると適当に遊んでるみたいだよ」

迷ってたけど、サキ達とも約束したなら行くしかないな‥先手うたれた気分だ。

話の流れで、明日提出のプリントを忘れた事に気づき教室に戻る事にした。サキとカナも付き合ってくれた。

「あれ?まだ誰かいるよ」

「部活かなんかじゃん?」

一つの机に向かい合わせに座り、周りを五、六人が取り囲んでいた。あたし達が教室に入ると、そこにいた皆がギヨッとした顔で見た。

「何してんの?」

近づいて見ると、机の上に文字と数字が書かれた紙があり、向かい合わせた二人が同じコインに指を乗せていた。それを見てピンときた。今、学校で流行りのキューピット様だ。ある女子は指にキューピット様が憑いたと四六時中、指を動かしたり、ペンに乗り移ったとノートに書き連ねたりする子もいた。あたしも目に見えないものを信じていない訳ではない。自分自身、説明出来ない経験をした事があるから、むしろ信じている方だが、それとこれとは別だと思っている。この子達は正に憑かれた様に信じている。何でもかんでも伺っている様だった。

「あんまり頼り過ぎない方がいいよ」

余計なお世話だけど異様な雰囲気に思わず口をついていた。それから自分の机の中で忘れたプリントを探した。サキとカナも机に座り、その光景を見ていた。『きてるな』『不気味』と口々に言った。信じる者は救われると言うけど、何でもかんでもキューピット様のせいにするのは、いかがなものか‥

『キャー』『やだー』『うそー』等と騒ぎ出した。別に気にせずプリントを探した。

「ゆうちゃん。お願い100回謝って」

キューピット様をやっていた全員が悲痛な面持ちで叫び出した。

「何で、ゆうが謝んなきゃなんないの?」

「そうだよ。何なの?大丈夫かよ」

サキとカナが呆れて言い返した。

「ゆうちゃん。お願い。お願いします。」

二人の声が、まるで聞こえていないかの様に『お願い』を繰り返した。

「何で、あたしが謝んなきゃいけないの?」

「帰ってくれないの。100回謝らないと帰らないって‥帰ってくれなきゃやめられないの。お願いします」

皆、必死だった。冗談とは思えない異常な光景。本当に憑かれてる。

『バカじゃないの』『一生やってろ』

サキとカナが怒鳴った。

『お願いします』『本当にお願いします』

とうとう泣き出す子さえいた。放って帰る訳にもいかない‥訳わかんないけど‥仕方ない。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

指折り数えながら心なく謝った。謝り終わるとキューピット様は‥あっさり帰って行った。

『ありがとう』『ありがとうございます』

口々にお礼を言われ、ホッとしたのか、何の疑いもない顔で泣きじゃくる子さえいた。

「また帰ってくれなくなると大変だから、少し考えなよ。困らせる事するなんて、おかしいでしょ」

腹がたったけど、この子達にとっては信じるもの救いであるのかもしれない。だけど‥支配され囚われ過ぎるのは危険だ。これこそ正に、

狐につままれた様だった。

「あの子達、ゆうが謝らなきゃどうしてたのかね?」

「明日まで学校にいたんじゃん。不気味軍団」

サキとカナに言われて始めて、謝らなければ、どうしていたんだろうと考えた。あの状況で放置という選択肢は毛頭なかった。自分の考えが必ずしも、当たり前ではない事を知った。

夜、サキとカナと約束通り瀬戸んちに行った。ぺぺがしっぽをブンブン振って出迎えてくれた。部屋の中にはすでにカンジくん達がいた。

「ちゃんと来たね」

瀬戸が耳元で囁いた。

「飲むでしょ?」

冷蔵庫からビールを何本か持ってきて『はい』と開けて渡された。

『かんぱ~い』正直ビールは苦手。乾杯で一口飲んだ。

「苦っ」

「俺が飲むよ」

瀬戸があたしのビールを飲んだ。

「ちょっと待ってて」

グラスに何かを注ぎ何やら作ってくれた。

「飲みやすいよブランデー、少ししか入れてないから大丈夫だと思う‥濃かったら水たして」

「ほんとだ~飲みやすい。カナも飲んでみて」

「本当だ~美味しい何これ」

次はサキに‥回し飲みして、皆でワイワイ盛り上がった。サキがキューピット様事件を話し出した。

「気味悪いよね。あの子達」

「ゆうなんて100回謝った」

アハハハ…皆、笑い転げている。

「俺だったら、ぶん殴ってんな。うるせぇつって」

「何でそんなのに謝らにゃあならんの。ふざけてんべ」

カンジくん達が口々に言った。

「ゆうちゃん‥意外と人がいいね」

「意外って何よ~ひどいな~放置なんて思いつかなかったよ」

謝らされるし、笑われるし‥あたしの普通がおかしいのか?

「ゆうは優しいんだよね~」

瀬戸に頭を撫でられた。

「何どさくさに触ってんの~瀬戸~」

サキが瀬戸をバンバン叩いた。

「もっとやれ~もっとやれ~」

カンジくん達が囃し立てた。

「ゆう、助けて」

瀬戸が腕にしがみついてきた。

「こら~やめろ~」

サキが瀬戸を引き離そうと引っ張った。

「やだ~やめろよ~」

瀬戸が益々しがみつくからグイグイ引っ張られ、揺さぶられた。

ギャハハハ…皆、大騒ぎで笑い転げた。

カンジくん達が雑誌を広げ話始めた‥

『これいいべ』『こっちのが良くない?』

単車を選んでいるようだ。サキも一緒に見入っていた。

『眠い』カナがウトウトしている。

「少しベッドで寝れば?ゆう手伝って」

瀬戸と、カナを隣の部屋のベッドに寝かせ、部屋を出ようとしたら腕を引っ張られた。

「音楽、聴こう」

初めて来た時と同じように、ベッドとテーブルの間に座った。

流れてきたのは…ウィスキーコーク‥

「いいねぇ~覚えてたんだ」

「忘れないよ」

ふと窓の外を見た。

「月が綺麗だよ」

「ほんと~綺麗だね」

瀬戸が、あたしの肩に頭をのせた。

フフっ普通‥反対じゃない?‥

そうだ‥あたしの普通が必ずしも普通だと限らないんだった。

しばらく黙って音楽を聴いた‥

そのままウトウトと寝ていた。

手をつないで…

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