閑話: 牛言葉

 牧場犬が語るに、


「小児、

私の守護する牛々を指し、

これを『バー』と縷述るじゅつする。

これはなぜか。答えよ主人」


彼は筋肉質な身体つきのくせして、

理智的な犬であった。


「千鳥の国において西の臨海部では、

牛追いの牛に『停止』を命ずる際、

これを『バー』と令める。

またこれを『バーバ』と令める処、

小児、牛々を『バーバー』と縷述する」


では、と、犬は発した。


「君はこれから、

牛に『停止』を命ずるその段、

以降は『ウシ』と言えば良い。

さすれば、

小児、陳ねて讃嘆されることに違いない

褒めよ、そして飯をくれ」


「犬、君の既知なことに、

牛は鈍く、

『停止』を言うようは限りなく無い。」


犬は首輪の鎖の重い音を立てて首を傾げた。


「では、なぜ小児『バー』と鳴く」


「その言の葉は単純で、

その母音の音声が発し易く、

これ耳に快く印象的な故にある。

依て、牛追い牛に『ウシ』と言えども、

小児『バー』と鳴くのみ。

人はこの赤子言葉を『牛言葉』と称す。」


犬はその場に寝転んで鳴いた


「犬、『おすわり』」


私がそういうと、

彼はむくりと起き上がって、

西洋の女みたく姿勢良く座った。


「思えば、

小児私を『おすわり』と呼ばぬ。

小児私を『カム』と呼ぶ。」


「君は洋犬であり、

元の主人は欧州の誰彼だった。

欧州では牧場犬に『来い』を令める段、

これを『COME』と令める故にある。」


「主人は物知りだ。」


犬は感心したようにうんうんと頷いた。

そして続けた。


「では、人の小児は人のことをなんと呼ぶのだ」


その問いに、私は哀愁まみれた顔をしてしまった。


「小児、

人のことはなんとも呼ばず。

これ、夫婦の仲に依る。」


犬は呆れて再び寝転がった。


「牛言の葉というもの、憂しことのなり。」

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突発性の高い詩 雨湯うゆ🐋𓈒𓏸 @tukubane_1279

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