露の鉢

 たぎつ、遣瀬やるせ涙河るいかは、今も山河の祭りで流れを成して舞ているのか。


たまにやって来ては、晩霜ばんそうの山風と思い出の香に火を立て、

能面面のうめんづらで、一文笛いちもんぶえを吹く彼女は、

露の中の小さな水受け鉢で、皿に腹をつけて泳ぐ私に話しかけるのだ


「私は君の声で走る悪寒おかんに身を縮まし、

君の香りを吸っては、蜘蛛くもの子の散るを倣ってえずく。


だが君はどうだ。鈴慕れいぼ流しで愛の乞食こじきとなり、餌を貰えば金魚の如く、無遠慮ぶえんりょに喰らいつく。


そんな君の理性なぞ、私がその痩せこけた腹に手を入れ、引き抜いてやる。

そしてそれをお前に喰わせてどれ程不味いものか味合わせてやろう」


彼女は私の托鉢たくはつに私の心を残して、消えたきり。

君からの施与プレゼントは、海月くらげの搾り汁でとても無味だった。


もう春霞が見える。葉の露も、じきに雲の托鉢に入っていくだろう。

彼らが入っては私も入らねばならない。


分子の共鳴が止むまで君を待とう。

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