「女に服をあげるということは、それを着ているところを愛でるためではなく、脱がすためだと聞いた」

前編・シトリンと。

「女に服をあげるということは、それを着ているところを愛でるためではなく、脱がすためだと聞いた」


 ええっと……それを今、言いますか?

 私は彼――シトリンに背中を向けていることを非常に悔いた。精霊使いとして私が使役している黄水晶の鉱物人形・シトリンと二人きりだ。いつもなら止めに入るか邪魔に入るだろう彼の兄・アメシストが不在だから、なおさら危機感を覚える。

 いや、まあ、買い物中に雨に降られてびしょびしょになってしまい、急遽宿を借りることになったわけで。手元に買った服が一式、それこそ下着も込みで入っていて、濡れたままじゃ風邪をひいてしまうからという理由で着替え終わったところなのですが。

 いやはや、どこまで計算していたんだろう。

 冷や汗を流しながら、迂闊に振り向くことが許されず私は最適解を探す。


「えっと……その話もルビさんから聞いたんですかね?」


 私が使役している紅玉の鉱物人形・ルビの名前を出す。どうもシトリンはルビからそういう艶めいた情報を仕入れているらしい。


「そうだ。マスターの服を買いに行くことを相談したら、そういうものだ、と」


 なにやってくれるんですか、ルビさん‼︎

 情報源がルビであることを突き止めた私は、彼を呼び出して余計なことはするなと釘をさしていた。だというのに、これである。


「いいですか、シトリンさん。ルビさんの話を真に受けてはいけません。というか、相談してはいけません。碌なことになりませんから」

「そうだろうか?」


 足音が近づいてくる。

 振り向いて、彼を拒もうとしたらあっさり捕まえられてしまった。手を取られて、身体を引き寄せられる。文句を言おうと上を向いたところで、流れるように口づけをされた。


「んんんっ」


 唇を優しく食まれるとゾクリとする。シトリンは口づけの加減がすごく上手だ。だから、このままではまずい。


「逃げないで。俺は濡れていないし、マスターは体が冷えている。温めないと」

「温めるって、ほかにも方法があるでしょっ、って、やっ」


 腰に手を回される。そんなに強く押さえられているわけではないのに逃げられないのは、彼が魔物相手に戦う戦士だからだろうか。

 ちなみに、彼が濡れないのは、その衣装も含めて鉱物人形であるからだ。怪我でなければ、ひとはらいするだけで水分や汚れが消えるようになっている。すごく便利。

 私が逃げようと身体を動かすので、あまり表情に幅がないシトリンの眉間に皺が寄った。


「そう暴れるな」

「だ、だって、困る!」

「俺の気持ちは伝えているはずだが? それに、君は続きは検討すると言った。今日はこうして一緒に出掛けることになったのは、そういうことではないのか?」


 責めるような強い言い方は、いつもの彼の口調よりもキツい。

 確かに検討すると言ったのは間違いない。やむを得ず、だったのだけど。

 生真面目な彼のことだ。言葉のとおりにそれを信じ、今日の二人きりの外出まで関係を進めるのを待っていたのだろう。

 いや、そうは言っても、私に選択権はなかったじゃないですか。

 アメシストとシトリンから同時に迫られて、私は説得して結論を先延ばしにした。いつまでも逃げられないとは思っているものの、そうすぐには決められるわけがないのだ。


「……雨に降られたのは事故です。それに乗じて、こういうことを仕掛けてくるのは卑怯だと思います」

「卑怯、か。だが、兄よりも先に君を手に入れるなら、またとない機会だ」


 卑怯だと詰れば少しはひくかと考えての発言だったが効果はない。それどころかお尻をいやらしく撫でられた。ゾクゾクする。


「……震えているな?」

「気のせいです」


 寒気だと言っても、そういうことをするからだと言っても、結果は同じだと判断したので、私は濁すことにした。顔を覗かれたら演技であることがバレてしまいそうなので、そっと顔をそむける。


「やはり震えている」


 そう耳元で囁いたかと思うと、私の耳たぶを優しく噛んだ。


「ひゃあっ⁉︎」

「意識してくれているんじゃないか」

「こ、これは、そういうんじゃないんです! ふつうにびっくりするでしょっ‼︎」


 私が抗議すると。シトリンはクスクスと耳元で笑った。ふだんの無機質な感じではなく。どことなく艶めいた声に胸がときめいてしまう。


「可愛い」

「可愛くないです!」

「いい反応だ」


 そう告げて、彼は私の耳に舌を這わせた。水音が響いて、先日の情事を必然的に思い出してしまった。

 私は、あの日、彼の手で――


「やっ、やだ。それ、嫌なのっ」


 首を振るが彼の舌が追いかけてくる。段々と足に力が入らなくなってきた。


「あっ、やめて、シトリン、さんっ」


 体が熱い。この反応が風邪をひいたからではないことは、経験してしまったから知っている。快楽に負けそうになっているのだ。


「やだ……やっ……」


 頬に手を添えられたと思えば、すぐに唇と唇が重なった。深い口づけに変わる。

 淫らになってしまう……

 力が抜けてぐったりした私の身体を横抱きにすると、ベッドの中央におろした。ぼんやりと見上げる私の視界に、天井が映る前に彼の顔が入り込む。


「……マスター。君が気持ちよくなれるように努めよう」

「そ、それでもダメなの」

「なぜ? マスターは兄のほうがいいのか?」

「アメシストは関係ない」

「だったら」


 なんと言えば伝わるんだろう。私は、みんなと仲良くしていきたいだけなのに。誰かを選んで結ばれるのは、求めていないのだ。

 それは私が、鉱物人形を統べる精霊使いだから。


「ごめん。私は、あなたとこういうことはしたくない」

「俺は……君がそう告げても、この衝動を抑えられないのだ。すまないな」


 哀しげな声に聞こえたが、彼の眼には情慾がありありと燃えていて、私は息を呑んだ。

 説得不能。


「ん……」


 唇が重なる。舌が絡み合う。

 彼の手が私の胸の膨らみを撫でた。私が感じる場所を探しているのが手つきからわかる。


「あっ」


 ピクッと反応したのを、シトリンは見逃してくれなかった。敏感になった場所を執拗にこねてくる。痛みが快感に変わるのはあっという間だった。


「前よりも感じやすくなったようだ」

「違う」

「違うなら、どうしてだ?」


 私の反応を興奮した目が見ている。ほんのりと赤みを帯びた黄色い瞳に、乱れる私が映っている。


「……私に触れているのが、シトリンさんだから」


 思い当たる答えを告げると。シトリンの手が止まった。

 私は荒い呼吸を繰り返す。大きな胸が上下に揺れる。


「……脱がすぞ」


 その言葉は確認じゃなくて宣言で。

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