第5話 初めての魔術戦

 最初の授業から数日後、案の定私は学園中の噂になっていた。

「今年の土属性はカノンって子とパスカル殿下が優秀なんだってさ」

「どこの研究会に入るんだろうな」

 教室にいても廊下を歩く上級生の声が耳へ飛び込んでくる。放課後ということもあり、廊下は帰路に就いたり研究会に向かったりする生徒でごった返していた。

 研究会というのは放課後の課外活動のことで、一般の学園ではスポーツなどもあるが、ここ魔術学園では何かしらの魔術研究会しか存在しない──クレアがそう言っていた。

 本当なら研究会活動になど参加せずに塔に戻って仕事をするべきだけど、私を気遣って「研究会には入れ、研究会が終わる時間まで帰ってきても塔に入れない」と塔のみんなに言われたので研究会には入って活動もできることになった。

 例の練習場ぶっ放し気持ちいい事件のことをおそらくクラスの誰かが上級生に話したのだろう。パスカル王子の名前も挙がっているが、きっとそういった生徒を調べて自分の研究会へ勧誘するつもりなのだ。

 噂をしている上級生のすぐそばに本人がいるのだが、彼らは私の方を気にする素振りはない。「カノン」という名前が独り歩きしているだけで、おそらく容姿とは結び付いていないからだろう。

「カノン、学園中に噂になってるみたい」

「……そう、だね」

「そのうち勧誘がバンバン来るんだろうなぁ。そういえば研究会はどこにするか決めた?」

 椅子の背もたれに身を任せ、足をブラブラと浮かせながらシルヴィが訊ねる。

「まだ決めてない。見学してからゆっくり決めようかなって」

「見学も明日からだもんね。研究会選びは大事よ──人脈を広げられるから。実力のある先輩がいるところに入れば、同じ研究会の後輩としてコネクションを作れるチャンス。まあ、土の塔は実力主義だから関係ないけどね」

 たしかに土の塔に入れるかは完全に実力で決まる。しかし、それでも人脈はあるに越したことはない。特にコミュニケーション能力の高いシルヴィなら良好な関係を築けるだろう。

 もう少ししたら帰ろうかと思っていると、一人の青年がやってきて窓際の生徒に何やら話しかけた。アッシュブロンドの髪に整った顔は大勢の視線を奪うのに十分だったが、それよりも強烈な印象を与えるのは目つきの悪さだった。

 何を話しているんだろうと思っていると、生徒がこちらを向く。嫌な予感がする──そう思っていると、青年はずかずかと教室に入りこちらへ向かってくる。

「カノンはお前か?」

「……そ、そうですが」

 初対面にも関わらず、つっけんどんに訊いてくる青年にたじろいでしまう。

「今から魔術戦をしよう」

「…………え?」

 初対面の人物からの突然の魔術戦のお誘いに、私は口をぽかんと開けてしまった。




 青年に連れられるまま、私はシルヴィと一緒に練習場に来ていた。研究会の見学は明日のため、誰もいない練習場は静まりかえっている。来る途中の廊下ですれ違った生徒がこちらを見て「可哀想に……」と呟いていたが、聞かなかったことにした。

 おそらくだけど、この青年は手当たり次第に生徒へと魔術戦を挑んでいるのだろう。魔術戦は魔術師が魔術を磨くための模擬戦闘で、広いフィールド内でお互い魔術を使い、相手に魔法での攻撃を当てた方が勝ちという競技。

 炎属性だけは危険なので、魔術師ではなく代わりの人形に当てるようになっているけど、この青年は同じ土属性らしく人形は必要ないらしい。

「じゃあ魔術戦を始めようか」

 まるで私と何度も魔術戦をしているかのように言い放つ青年にシルヴィが待ったをかける。この人とは魔術戦をしたことどころか面識すらないのに。

「待ってください。せめてその前に名乗ってください。名前も知らない相手と魔術戦をするのはおかしいでしょう」

「んー……そういえば名乗ってなかったか。俺はアンドレ。それじゃあ魔術戦を始めよう」

「いや、学年とか属性とかですね……というかカノンはいいの? 今日会ったばかりの人と魔術戦なんて」

「問題ない」

「……ならいいけど」

「なぁんだ、じゃ、とっとと始めるぞ」

 促されるままに練習場の一角にあるフィールドへと入り、コートの端に立つ。魔術戦は相手に魔法での攻撃を当てた方が勝ちという競技。体術によほどの自信がない限り、魔術師は相手から最も離れたコートの端から動かずに迎撃するのがセオリーだ。

 審判を頼まれたシルヴィが大きな声で開始を宣言する。

「スタート!」

 その声と同時にアンドレ先輩が駆け出す。最初の間合いでは、お互いに魔術は届かないため、距離を詰めるのは当然だ。走って近づいてくる先輩を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと詠唱する。

「土よ、弾となりて、飛べ」

 詠唱終了と同時に、土でできた剛速球を先輩へ向けて放つ。当たればかなりの怪我になりそうだけど、さすがに初撃は防いでくるだろう。

 先輩は慣れた様子で手前の土を素早くせり上がらせて分厚い壁を作る。

「おぉ、さすがに速いねぇ」

 弾を阻んでいる壁の裏から、楽しんでいるような声が聞こえる。かと思えば壁から手だけを出してこちらへと土の弾を飛ばすのが見える。それを私が止めている隙に壁の横から飛びだし再び距離を詰めてくる。

 アンドレ先輩を狙うようにまた弾を放つと、同じように土壁で防がれる。そして再び弾が飛んできて、時間を稼いでいる間に距離を詰めてくる──数回この流れを繰り返したあたりで、なんとなく先輩の意図が分かってきた。

(必要以上に近づいてくるということは、リスクを冒してでも使いたい何らかの魔術──おそらく切り札があると考えるべき。考えられるパターンは二つ。制御が難しいため射程が極端に短い魔術か、近ければ近いほど効果のある魔術か──どちらにしろ、使われる前に終わらせればいい。)

 先輩から飛んできた土の弾を、今までは壁で防いでいたが、今回は角度的にシルヴィには当たらないことを確認しつつ弾をぶつけることで軌道を逸らして回避する。

 壁よりも弾を出す方が必要な時間が少ない。先輩はまだ私が壁で防いでいると想定しているため走っている。私が次の魔法を使える状態になっていることに気付き、先輩の表情が変わる。

 私は素早く先輩の足元を僅かに盛り上がらせると、狙い通りに走っている先輩はすぐには止まれずに体勢を崩す。攻撃を見越した先輩が詠唱を始めるが、見逃すわけがない。

「土よせり──」

「──土よ飛べ」

 弾よりも一回り大きく歪な、どこかの地面を掘り返してそのまま持ってきたような土の塊が、詠唱を始めていた先輩に命中し、ボロボロと崩れていく。詠唱を簡素にした分、威力がちゃんと落ちているようでよかった。

「勝者、カノン」

 我に返ったシルヴィがそう告げると、パタパタと制服の汚れを払って先輩が起き上がる。

「完敗だった。三年生にもカノンほど強いやつはいない──いや、学園中探してもいないかもな」

「……! ありがとうございます」

(学園中探してもいない──つまり一介の学生ではないと疑われている? いや、考えすぎかも。)

「闘えてよかった。期待以上だった」

 それだけ言うと、ボコボコになったフィールドを魔術でさっと戻してから先輩は満足げに去っていった。


 * * *


 練習場を後にしたアンドレは完膚なきまでの敗北に酔いしれていた。

(倒れながらの詠唱を終える前に放たれたカノンの魔術──素早く詠唱したのにも関わらず、しっかりと手加減されていて、俺が怪我をしないようになっていた。)

 これまで何度も腕の立ちそうな学生を見つければ魔術戦をふっかけてきたが、やろうとした作戦を実行すらさせてもらえず、手加減されながらとどめをさされて──ここまで俺が格下だと突き付けられた闘いは初めてだった。

 的確にこちらを狙ってくる土の弾も、危なげなく全ての攻撃を防ぐ壁ももちろん素晴らしいが、それ以上に最後の俺を転ばせた魔術に俺は舌を巻いていた。

 派手な魔術や大規模なものほど難しいと思われがちだが、実はそれよりも小さく物を動かす魔術ほど繊細なコントロールが要求されて難しい。繊細な魔術を使うにはかなり集中しなければならないはずだが、彼女はそれを何の気なしにやっているようだった。

 おそらく俺の何十倍、何百倍も繊細に魔術をコントロールできているのだろう。今まで魔術戦をした生徒にはこんな芸当ができる者はいなかった。

 それぞれの塔にも多くの魔術師を輩出する王国一の魔術学園──ここにいるどの生徒と比べても格が違う。カノンは正真正銘の天才だと思った。

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