第4話 やってしまいました

 ホームルームでクラス全員が簡単な自己紹介をして、学園での最初の授業が始まる。最初の授業といっても、担任の先生に連れられながらオリエンテーションとして学園内の施設を巡るもので、実技や座学のようないわゆる授業っぽくはない。

 私たちのクラス担任はジュアン先生──目の下に隈があり不健康そうな男性。歳はクレアやブルーノと近そうだ。

 土の塔みたいに大きな机がたくさん並んだ職員室、天井の高い大きな食堂、入学式があった歴史を感じる講堂などを回って、今は練習場へと向かっている。私たちはぞろぞろと先生の後について行きながらぺちゃくちゃと喋っていた。

「王国一の学園の練習場、絶対広いよね」

「そうだね。楽しみ」

 塔の魔術師は専用の練習場があって私はそこしか使ったことがない。だから初めて行く練習場というのはとても楽しみだ。どんなところなんだろう……やっぱり生徒がたくさんいるから広いのかな、いや学園の敷地内なのだからそこまで広いはずはない。

「ここが練習場です」

 到着した練習場は、広い運動場のようなところに的がずらりと立てられていて壮観だった。

「まだ時間もありますし、せっかくだからここで実際に魔術を使ってみましょうか」

 練習場の広さにはしゃぐ私たちにジュアン先生はそう告げる。さらりとジュアン先生から飛び出た言葉によって、生徒の間に緊張感が走る。

 王立魔術学園はその名の通り魔術の学園──魔術の道で生きる生徒ばかりのこの学園では魔術の実力が非常に重視される。「初めてクラスメイトと一緒に魔術を使う」というのは、己の魔術が周囲と比べてどれほどのレベルなのかが分かると同時に、周りの実力も窺うことができる超重要イベント──緊張しないわけがない。

「さあ、早く一人ずつ的の前に移動しましょう。使う魔術は初歩の炎弾、水弾、土弾です」

 先生は手をパンパンと叩いて私たちに移動するように促す。クラスメイトたちはバラバラと緊張した足取りで近くの的から順番に陣取っていく。直立している一つ一つの的から離れたところに線が引いてあり、そこから魔術を使うようだ。的までの距離は教室三個分くらいかな。

「全員自分の的はありますね? それでは自分のタイミングで撃ってください」

 各属性の弾を放つ魔術は基礎中の基礎で使えない者はいないはずなのに、撃ってよいと言われても皆ただ的に向かって構えているだけだった。私を含め全員が周りを窺っているのだ。

「土よ、弾となりて、飛べ」

 そんな中堂々と、通る声で行われた詠唱とともに、パスカル王子の撃ち出した土の弾がかなりのスピードで的に向かっていき、中央を捉える。周りからは小さな感嘆の声が漏れ、王子は少し得意げな顔をする。

 王子の魔術は私の想像よりもかなり高いものだった。私が土属性魔術が苦手だといってもそれは塔の中での話。さすがに新入生に負けるほどではないので場合によっては加減しようと思っていたが、この分なら必要なさそうだ。多少魔術が得意な生徒と認識される程度ならば、私が土聖の私だとは疑われないはずだ。

 そうと決まれば早く魔術を使いたい。塔の魔術師は威力が高すぎて的が壊れてしまう魔術ばかり使うので練習場に的などなく、的に魔術を当てるというのは新鮮だ。離れた的を威力の低い魔術で狙うのは実力を試すゲームのようで面白そうだ。あの的の中心に吸い込まれるように魔術を撃ちこみたくてたまらない。

(王子で加減はしなくていいって分かったし、撃ってもいいよね)

「土よ、弾となりて、飛べ」

 静かな声でそう呟くと、手元から土の弾が的めがけて一直線に飛んでいく──あぁ、初めての場所でぶっ放すの気持ちいい。程なくして的から甲高い音が響き、衝撃の後には先ほどまではなかった浅い凹みが的の中央に残っていた。

(凹みは私の以外にもあるし備品を壊したって怒られることはなさそう)

 凹んだ的をぼんやりと眺めながら達成感を味わっていると、ほとんどの生徒が何事かとこちらをバッと向く。

(たしかに王子よりは少し速かったけど、そんなにびっくりするほどじゃないでしょ……)

 助けを求めるように隣で構えているシルヴィを見るも、口をあんぐりと開けて固まっていた。シルヴィだけではなく、先ほどまであんなに得意げにしていた王子までもが驚いた顔をしていた。

 そんなに驚くことでもないだろうにと思っていた私は、固まっていた他の生徒が弾を撃ち出しはじめてようやく、私は自分の認識の誤りに気付いた。

(パスカル殿下は平均よりだいぶ上、トップクラスに技量の高い生徒だったんだ……)

 使用している魔術も基本的なものであり、真っ直ぐ飛ばすことは基礎中の基礎だけど、長い距離を制御しつづけるとなれば難易度は格段に上がる。あちこちで飛んでいく炎や水の弾を見ていても的の中心に当たるものはほとんどなく、スピードもパスカル殿下に及ぶ生徒はいない。明らかにパスカル殿下と私が飛び抜けてしまっている。

(せめてあと何人か観察してから撃てばよかった……)

 早く魔術を使いたい衝動を抑えきれなかった少し前の私を心の中で呪いながら、最後の望みをかけて、もう一人くらい的のど真ん中に当てる人がいないかとあちこちの的をチェックしていた。




 教室まで戻る時間も考慮してか、全員が一発ずつ撃ったあたりで私たちは練習場を後にした。行きと同じルートだったが、さっきとは違ってクラスメイトたちはひそひそと小さな声で話していた。

「……カノンの魔術、すごかったね」

「ありがとう」

 シルヴィもかなりショックを受けているようで、褒めてくれながらも表情は少し暗かった。なんとなく陰鬱で気まずい雰囲気が流れていたところに、後ろを歩いている集団とは別に誰かが近づいてくる気配がする。

「お、おい」

 後ろから不意に声を掛けられて振り向くと、声の主はパスカル殿下だった。突然のことに三人とも驚いていると、王子は勝手に喋りだす。

「今日のところはその、カノン──に遅れを取ったが、次は負けないからな!」

 それだけ吐き捨てるように言って、王子は逃げるように元いた集団へと去っていった。ライバル宣言……? 少し遅れてそう思っているとシルヴィがウリウリと私を肘でつつく。

「パスカル殿下にライバル視されちゃってるじゃん。カノンも隅におけないな~」

「えっと……私どうすれば……」

「どうもする必要ないでしょ。また殿下に実力の差を見せつければいいんだから」

「見せつけるなんて、そんなつもりじゃ……」

 こんな形で王子と関わることになるなんて、と思いながら、私は心の中で大きなため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る