ネオ東京の倫理観

 ジワジワと日が沈んでいく。

 ビルとビルの隙間に茜色の光が差し肌に張り付く生暖かさにスーツ姿のサラリーマンが不快気に首元を緩める。

 今の時代では当たり前となったネオ東京の夕暮れだ。


「そ、そんな!?」


 当たり前の夫婦生活が送られているアパートの1室で力無く膝を着く弱々しい夫が居た。

 床に垂れた手の先には電子レターが落ちており、1枚の写真が表示されている。

 自身の妻が、やたらと厳つい腕の男に肩を抱かれている写真だ。


 電子レターには写真と簡単な音声メッセージが添付されている。

 写真の背景が痛々しく桃色な事を考えればメッセージの内容は想像が付く。


『ハロ~、旦那君、見てる? 君の大事な大事なお嫁ちゃん、俺の手腕にメロメロよ』


 確かにサイズもテクニックも自信は無いし、自分の寝技が妻を満足させられているか常に不安だった。

 だから年収は平均の3倍稼ぐために汚い仕事も覚悟してヤマタノオロチの1社、トウグウに入社したのだ。腕のパワーシリンダーに強い会社に技術職として勤めている夫は写真の男の腕が飾りではない事が分かってしまう。


「これは、ウチの課長がずっと研究してた寝技48手1級メカニカント! こ、こんな物を持ち出されたら、普通の男じゃ」


 これが俗に言うネトラレ。

 写真の場所はどこだ? 妻は無事なのか? 何でこんな高価なメカニカントを持ってる? どうすれば妻を取り戻せる? これから妻も居ない家に1人で住むのか?

 思考がまとまる事も無くまともに考える事ができない。

 ただただ茫然と窓から差し込む夕日が暗くなり、完全に日が沈んでしまう事にも気付かず何分そうしていただろうか。

 そんなタイミングで玄関が勢い良く開いた。


「ただいま~。変な男に連れて行かれそうに成ったからアイコンにハッキングして別の女押し付けちゃった! でも押し付けたのはクスリで狂ってて男なら何でも良いって人だから女の人も誘拐犯も目的達成でハッピーだよね! 女の人病気持ちらしいけど誘拐犯なら病気移されても問題無いよね!」

「待って情報量多くて何言ってるのか分からない!」

「旦那様てば頭良いのに回転遅いなぁ。ま良いでしょう。今日は旦那様のお誕生日、ケーキ買ってきたの一緒に食べましょう」

「あ、ああ、うん、そうだね。お帰り」

「ただいま」


 今日も夫婦は平和だった。


ττττ


 日も充分に沈んだ夜、娯楽と残業と夜勤で彩られたネオンに照らされたファミリーレストランは賑わっていた。

 ファミリーと名付けられておきながら家族連れは全く居ない。ガラの悪い男、そんな男に擦り寄りながらボディガード代わりにする女、カウンター席で毎日静かに飲む結婚詐欺師など様々だ。


 それに対して店員はファミリー向けらしい者が多い。学生のバイトや若い女が多いのは旧世紀から変わらない姿だ。

 今の時代は布が貴重なのでコスト下げる為に露出が多い。男は季節関係無く半袖、女はスカートでストッキングは個人持ち込みなら自由だ。布よりもエネルギーが非常に安価な為、店内は1年中快適な温度に保たれているからできる事だった。


「きゃっ!」


 そんな訳でガラの悪い客が露出の高い女店員に絡むのも珍しくない。

 飲食店は防犯用に多少の条件を満たせば銃器の保有が認められる。セクハラ男たちもそれは分かっているので下手に絡み過ぎないよう事故を装って尻を触るくらいに控えていた。

 それでも自分なら大丈夫だと考えてしまう酔っ払いが出てくるのだ。


「良いじゃねえか減るもんじゃねえ! 俺の払った金で生きてる女が逆らってんじゃねえ!」

「店長!」

「伏せろ」


 分かり易く1人だけベストを羽織った七三分けの店長が女店員に静かに告げる。

 素直に従った女店員が首に回された男の腕に噛み付き、拘束が解けた瞬間に伏せた。


「良くできました」


 何の躊躇いも無く店長が左前腕に仕込んだ弾丸を発射する。脈付近のスリットが開いて現れた銃口からの発砲だ。

 旧世紀にはデリンジャーと呼ばれた小型で携行性が高い、ただし弾数は少なく殺傷能力も高くない拳銃と似た方向性のメカニカントだ。


 ただし、デリンジャーと異なり自動照準システムと弾丸の特殊性から殺傷能力は非常に高い。

 弾丸は9ミリと一般的な弾丸と同じサイズだが全長が長い。更に貫通力を高めない為に弾頭は丸みを帯びており対象の体内に残り易い。そして着弾と同時に弾丸内に仕込まれた少量の強酸爆弾が作動する。


「あ、ぐがぁっ!?」

「時折こういったバカが出る。久々の見せしめがこの時間帯で良かったよ」


 着弾したのは腹、その体内で人間を構成する内臓と骨が強酸によって溶かされていく。着弾位置から広がった強酸が無残にも血肉を露出させ、内臓を溶かされた男の口や鼻から血が零れる。

 既に事切れてはいるが男は足にバランサー性能の高いメカニカントを仕込んでいるらしく上半身が力無く垂れても倒れる様子が無い。それでも完全に背骨が溶け消えた為に支えを失った上半身が床に倒れ落ちた。


「当店へお越しのお客様、大変お騒がせしており申し訳ございません。お客様に擬態した不埒者は排除しましたので引き続き当店のサービスをお楽しみください」


 そう言って店長は腹が溶けて下半身と上半身に分裂した死体を乱暴に店の奥に引き摺って行った。

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ボーイ・ミーツ・サイバーガール 上佐 響也 @kensho

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