4-3 「家族」という名のリース

 十二月になると街はクリスマスムード一色に包まれる。樹の花屋「ことの花」でもポインセチアの鉢植えが幅をきかせている。

「ありがとうございました」

 ポインセチアの鉢植えを渡し、梓は頭を下げ、客を見送った。店内に他に客がいないのを確認し、梓はギターを手にした。

「暇さえあれば弾いてるなあ」

 出先から戻って来た樹が呆れていた。

「ちゃんと店番はしてたって」

「車から段ボールを運んできて」

「わかった」

 段ボールは全部で三箱、中身はクリスマスリースだった。リースはすべて生花で作られている。樹と梓は、リースを天井から吊り下げ始めた。

「全部、柊兄さんが作ったんだ?」

「そう。僕が摘んだ言霊の花を持っていったんだけど、花を見るなり、この花とこの花と、って手に取ってあっという間にリースを作ってたね。柊兄さんいわく、花の方がこういう風に活けてくれ、編んでくれって言うんだってさ。リースには全部名前がついてるよ。これは『雪の夜』」

 その名の通り、樹が手にしたリースは、カスミソウとスズランが降る雪を、白バラが新雪の眩しさを、銀色に輝くユーカリの葉はうっすらと積る雪を彷彿とさせる。

「他にも『真冬の太陽』、『星のかけら』、『眠りの森』……」

 名前から連想するイメージをリースは忠実に再現していた。ポインセチアは確かに真冬に輝く太陽だし、青と白の小花であつらえたリースは青白く輝く星空を思わせ、様々な種類の常緑樹の葉のみで編まれたリースは春を待っている森を連想させる。

「これは?」

 梓は自分が持っていたリースの名を尋ねた。八重咲のオレンジ色のベゴニアだけで編まれたリースだ。

「それは『ファミリア』。『ファミリア』はスペイン語で『家族』という意味だって」

「『家族』、か」

 梓は手にしたリースをじっと見た。花も葉もベゴニアだけで編まれたリースは家族という結束の力強さを感じさせ、オレンジという色は家族団らんの暖かな灯りを思い起させる。静佳の父、森川氏は今年のクリスマスを一人で過ごすことになるのだろうか。

「ねえ、このリース、静佳にあげてもいいかな?」

「もちろん」

「ありがとう。後でお見舞いに行く時に持っていくよ」

 「ファミリア」と名付けられたリースをレジカンターに戻し、梓は再び売り物のリースを飾り始めた。

「それで、静佳って子の様子はどうなの?」

「うーん……」

 唸るだけで後の言葉が続かなかった。毎日、言霊の花を手に見舞いに行っているが、苛立たしいほど進展がない。今日は昨日の繰り返しで、明日は今日の繰り返し、今日こそは目を覚ましてくれるだろうかと期待していても眠ったままの静佳という昨日と同じ光景を見させられる。森川氏には希望を持ってと言っておきながら、梓自身が希望を見失いそうになっている。

「相変わらず、意識だけが戻らないんだ。言霊の花で僕らの思いは伝えているんだけどさ……」

「そうか、それはしんどいね……」

 そう言ったきり、樹は口をつぐんでしまった。口も動かないが、リースを飾る手の動きも止まってしまった。

「もしかしたら、音が効くかもしれない」

 樹がぽつりと呟いた。

「音?」

「そう、音。静佳って子は梓のバンドでボーカルをしていたんだから、音には人一倍敏感なんだろう? なら、言霊を音楽にのせて彼のもとに送ったらどうだろうって思ったんだ」

「音か……」

 頭の後ろで両手を組み、梓は考えこんだ。樹の言う通りだ。言葉だけでは足りないのなら、言葉を音に乗せて――歌を歌ってみればどうだ?

 ある考えが頭の中に思い浮かんだ。思いついた考えはすぐに実行してみたくなった。組んだ両手をほどき、梓はギターを手に取った。

「静佳のところに行ってくる!」

 店を飛び出したところで、頭にパサっと投げつけられたものがあった。

「忘れもの」

 樹が店の奥で苦笑いを浮かべていた。

 頭に手をやると、柔らかな感触があった。ベゴニアのリースだった。樹がフリスビーのように投げたリースが梓の頭に着地した。リースを頭に乗せ、梓は病院めがけてギター片手に走りだした。

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