3-3 退部

「先生、お聞きしたいことがあります」

 梓は顧問に詰め寄った。職員室にいた教師たちが何事かと振り返った。椅子に座っていた顧問は梓たちをふり返り、ひじ掛けに両腕を置いて身構えた。

「職員室にまでおしかけて来て、一体何だっていうんだ」

「音楽室での飲酒喫煙についてです。音楽室で飲酒喫煙行為をしていたのが軽音学部の部員だとどのようにしてわかったんですか?」

「音楽室は軽音学部の部室でもあり、練習場だ。そこに飲酒や喫煙の証拠が残されていたら軽音学部が一番に疑われるだろう?」

 顧問は、「1+1=2」と教えるかのような口調で言った。梓は「2=3-1」と考える。

「その飲酒喫煙の証拠は何ですか? 空き缶、空き瓶、吸い殻が音楽室に残されていた、そんなところですか?」

「そんなところだ」

「その空き缶、吸い殻はただのゴミじゃないですか。軽音学部とは結びつきませんよね」

「音楽室は軽音学部の部室だ」

 顧問は初めの主張を繰り返した。

「音楽室を利用するのは軽音学部だけではありません。生徒全員、先生たちも含めて誰でもが音楽室を利用できます」

「授業ではね。でも、それ以外では軽音学部だけだ」

「軽音学部の部員でなくても、利用しようと思えば出来ます」

「軽音学部以外の生徒がなぜ音楽室を利用するのかな?」

 梓はこたえに詰まってしまった。

「授業以外で、軽音学部の生徒が音楽室を利用する目的は何かな?」

 顧問が言葉をかえ、同じ質問を繰り返した。

「音楽室である理由はないのかもしれません。たまたま、空いている教室が音楽室だっただけで――」

「君は」と顧問は梓の語尾に食いぎみに言った。

「軽音学部以外の生徒がたまたま空いていた音楽室で酒を飲み、煙草を吸った。そう考えているんだね?」

 梓は「はい」とうなずいた。

「軽音学部以外の生徒の行為でしかないとさえ考えています。何で軽音学部の部員がわざわざ音楽室でお酒を飲んだり、煙草を吸ったりするんですか? 軽音学部しか使わない音楽室でそんなことをしたら一番最初に軽音学部が疑われる。部活動停止のペナルティをくらうかもしれない危険をわざわざおかしてまで音楽室で飲酒喫煙する意味がまったくわかりません」

「同じ方程式は軽音学部以外の生徒でも当てはまるのじゃないか? どうして軽音学部以外の生徒がわざわざ音楽室で飲酒喫煙をするんだい?」

「それは――」

 梓は一度言葉を切り、深呼吸をした。

「軽音学部をよく思っていない生徒がいるからです」

 顧問は小さな目を見開いて梓を凝視した。

「君は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「簡単には信じてもらえないかもしれません。でも、本当なんです。その生徒たちが、軽音学部の部員が飲酒喫煙したかのようにみせかけようとして空き缶や吸い殻を音楽室に置いたんです」

「待ちなさい」

 顧問は、梓の勢いを止めようとして右手をあげてみせた。

「音楽室で飲酒喫煙した生徒が誰だかはわかっているんだ」

「誰ですか?」

 驚いた勢いのまま、梓は尋ねた。

「知る必要があるのかい?」

 顧問は梓に厳しい目を向けた。その目は教える必要はないと圧力をかけていた。

「軽音学部の部員ですか?」

「当然、そうだな」

 てっきり吉元たちの嫌がらせだとばかり思っていた梓は拍子抜けしてしまった。静佳をみやると、静佳も驚いた顔をしている。

 顧問はほうっとため息をつき、頭を小刻みに横に振った。

「君たちにはがっかりしたよ。職員室に入ってきた時、自分から名乗りでる気になったのかと期待していたんだけども、まさか、自分のした行いを他人のせいにするとは思わなかった」

 自分のした行いとは何だ、他人のせいにするとは? 梓は頭をフル回転させ考えた。他人のせいにしたのは吉元たちだろう。吉元たちが空き缶や吸い殻を音楽室に置き、軽音学部の仕業に見せかけようとしたのだ。

「待ってください。先生の言い方だと、まるで僕らが飲酒喫煙したように聞こえますが」

「その通りだ」

「その通りとは?」

「音楽室で飲酒喫煙をしたのは森川、君だ」

 顧問が、梓の隣に立つ静佳を睨みつけた。

「なぜ断定できるんですか? 何か証拠が?」

「ミステリー研究部に鞍替えしたのかい?」

 顧問が皮肉めいた笑いを口元に浮かべた。

「何がどうという詳しい話を君たちにするつもりはない。その必要もない。だたし、森川だと特定できているということだけは伝えておく」

 顧問は自信満々に言った。

 顧問の口ぶりからして学校側は空き缶や吸い殻以外――静佳だと特定できる証拠を握っている。写真か映像といったものだろうか。身に覚えのない行為の写真や映像があるとすれば偽造でしかない。そんな手間をかける悪意をもった人間は吉元たちでしかない。

 梓は思わず身震いした。隣にいる静佳も真っ青な顔でいる。

「心当たりはないかと聞いただろう?」

 顧問が鋭い視線を静佳に投げつけた。言葉を失って立ち尽くす梓たちを見て、ようやく観念したかと思いこんだらしい。

「あの時に名乗り出てくれていれば、君の文化祭参加中止で済ませようと思っていた。だが、君は知らないふりをした。軽音部全体が文化祭に参加できないとなって事の重大さがわかったのか、自分がやりましたと言いに来たのかと思ったら、軽音楽部をよく思っていない生徒がいてとわけのわからないことを言いだした。まったく、あきれるねえ」

 あきれるているのはこちらだと勢い顧問に食らいついていきそうになった梓の腕を静佳がぐっとつかんで引き留めた。腕がつぶれるかという力の入れようで静佳の怒りがひしひしと伝わってくる。

 静佳はスマホを取り出し、文章を打ち込み始めた。長い文章のようで数分の時間をかけた後、静佳はスマホを顧問の顔の前に掲げて見せた。顧問もまた、ちょっとした時間をかけて静佳のスマホの文章を読んでいた。静佳が何と言ったのかが気になり、梓は体を傾けて静佳のスマホの画面をのぞき込もうとした。その瞬間、静佳はスマホを自分の手元に引き戻してしまった。

「わかった。そういうことなら――」

 顧問は椅子から立ち上がった。

「軽音学部の文化祭参加を認めることにしよう。みんな、まだ講堂にいるかな?」

「はい! いると思います!」

 梓は元気よく返事をした。

「森川、君から話すかい?」と顧問が静佳に話しかけた。静佳はゆっくりとうなずいた。

「そうか。それなら任せたから」

 そう言い、顧問は職員室を出、講堂へと引き返していった。

 顧問の後を追い、講堂へと戻ろうとする梓を静佳が引き留めた。梓の腕をつかむ静佳の指が氷のように冷たく、梓は鳥肌がたった。

「何? はやくみんなのところへ行こうよ」

 気が急いている梓は早口になった。静佳は職員室の前から一歩も動こうとしなかった。

「そういえば、さっき、先生に何て言ったの? 吉元のこと、全部言ったの?」

 静佳は首を横に振ってみせた。

「え? じゃあ、何で先生、急に文化祭に参加してもいいって言ったのさ」

 いぶかしがる梓にむかって静佳はスマホを掲げた。スクリーンには「ごめん」の文字が浮かんでいた。

《飲酒喫煙行為は僕の行為だと認めたんだ。そのひきかえに、軽音学部の文化祭参加中止を取り消してもらった。僕が飲酒喫煙の事実を素直に認めていたら、先生としては軽音学部自体の文化祭参加は認めるつもりだったから。でも、僕は文化祭に参加できない。僕は退部扱いにしてもらった》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る