1-16 ティエスちゃんは面談中①

「ッハァ~~~~~~やっぱここのパフェは格別だな」


「ここまでうまそうにパフェ食う大人初めて見た」


「ハハハ。おめーも他人のこと言えた顔じゃなかったぜ、少年?」


「う、うるせー!」


 ふふふまだまだガキよのう。ついつい頬の緩むティエスちゃんだ。引き続きエルヴィン少年と楽しいティータイム中。しかし少年呼び、イイな。癖になりそう。まぁお茶らけるのもここまでだ。俺は急に顔を真面目モードにした。


「ところでな、少年。お前さん、いま自分が置かれてる状況はどれくらい理解してる?」


「状況って……?」


「お前さんの親父殿のことだよ」


 エルヴィン少年は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。話題転換が些か急だったか、まあいい。俺はコーヒーを一口すすってから、つづけた。


「ああ、黒服に内緒話って念押しされてるのは知ってるぞ。てか、そいつに頼まれてお前さんとお茶会する羽目になったわけで、変な遠慮はいらん。そうだよなぁ?」


 最後のはカウンター席でコーヒーを嗜んでいたイーサンに投げた言葉だ。エルヴィン少年がばね仕掛けみたいな勢いで首をそちらに向ける。イーサンは表面上朗らかな笑顔で静かにうなずいた。便利な顔だ。


「……あんたもグルだったのかよ」


「おいおい、そんな怖い顔すんなって。俺だって巻き込まれたの今朝だからな。わかるか? 人が気持ちよく走ってたら「いい天気ですね」くらいのノリで急に面倒ごとに巻き込まれた気分って。端的に言って最悪だぞ? 勘弁して欲しいったらねーよ」


 俺が心底嫌そうな顔をしながらコーヒーを一口啜ると、エルヴィン少年は憤懣やるかたないと言った表情から一転、なんとも言えない表情に変わった。哀れみと怒りが半々ってとこかな。


「あんたも……その、大変だな」


「憐れむな……!」


 俺はテーブルに顔を伏せて歯軋りをした。エルヴィン少年の態度がずいぶん軟化したのを声音に感じる。つかみは上々だ。俺は密かにほくそ笑んで、すぐにそれを消すとガバリと顔を上げた。


「いや俺のことはいいんだよ。いいんだ。それよりさっきの質問が大事なの。少年、お前さんどこまで話を聞いてる。コンセンサスは取っときたい」


「コン……なに?」


「お前が知ってる内容と俺が知ってる内容に違いがねーか、しっかり確認しときたいってコト。で、どうなのよ」


「それは……」


 エルヴィン少年は少しだけ言い淀んで、俺の顔を見た。不安そうに目の奥が揺れている。俺は持ち前の美貌でもって聖女の笑みを作り、少年の言葉を待つ。


「俺が……その、いいとこの家の血を引いてるってのは聞いた。そんで、その家に売られるってのも。……でも俺は、ゴメンだ」


「なんでだよ。今よりずっといい暮らしができるぜ?」


「だからって、友だちとか、店のみんなとか、その……母さんとかと引き離されて、顔も知らない遠くの親父のところへ放り込まれんだぞ。嫌に決まって……!」


「ほーん、怖いわけだ?」


「こわかねぇ!!」


「じゃあ、あれか? まだママのおっぱい吸ってねえと寝付けねーってか?」


 エルヴィン少年は怒りも露わに席を蹴立てて立ち上がった。こんな安い挑発にのっちまうのは減点……いや、まあ加点無しってトコか? とりあえず咄嗟に食器を浮かせておいて良かったぜ。


「……まぁ座れよ少年。それと、さっきのは取り消す。思慮に欠けた物言いだったな.すまん」


 俺はあっさりと前言撤回して頭を下げた。エルヴィン少年は振り上げた拳の下ろしどころを失って、数秒のあいだ肩を怒らせていたがついにはおとなしく席に着いた。聞き分けがいい良い子だ。理性で衝動を抑えられてる。教養のないガキにしては上等だ。


「そこのジェイムズから聞いたがよ、お前のお袋さんは了承したんだろ? 割と法外な金が動いたって聞くぞ?」


「あんなの、脅されてんだよ」


 エルヴィン少年は吐き捨てるようにいう。ま、実際そう思っても仕方ないだろうな。俺はコーヒーを少し舐めて、フンと鼻で笑った。


「なんだ、わかってんじゃねーの。それでまだうだうだ言ってんのか?」


「……!」


 エルヴィン少年は悔しそうに押し黙った。うん、ちゃんと状況を把握して、理解している。まぁ、合格だろう。


「少年、長年住み慣れた環境を離れるってのは確かに怖い。怒るなよ、俺だってそうだった。自分語りになるけどな、俺は6つのときに大学進学のために故郷を出たってのは話したっけか」


「いや初耳だけど」


「そっか。まあそういうことがあったんだよ。俺でも、最初は怖くて心細かったさ。だがな少年、俺は乗り越えた。なんでかわかるか? チャンスだったからだ。それこそ千載一遇の、望んだって得られないチャンスだ。知ってるか? 幸運の女神に後ろ髪はねぇんだとよ」


「どういう意味?」


「今まごついて、この好機が通り過ぎちまったら、それに縋ることはもうできねぇってコト。取っ手がねぇからな。こういう時は女神の前髪を引っ掴んで、こっちにぐいっと引き寄せるくらいの気持ちじゃなきゃならねぇ」


 こっちの世界に前髪しかない幸運の女神がいるかはわからんけど、まあ慣用句的表現ってやつだ。なにいってんだこいつ、みたいな目をしているエルヴィン少年を尻目に、俺は続けた。


「お前さんは確かにここを離れることになる。その代わり、秤が振り切れるほどの躍進の機会が得られる。お前のお袋さんはお前を手放すことになる。その代わり、一生遊んで暮らしてお釣りが来るほどの金を得る。両者には得しかねぇ。違うか?」


「……カネがちゃんと払われるかなんてわかったもんじゃないだろ」


「貴族、それも上の方の連中は見栄と名誉、メンツを最重要視する。王国陸軍情報部をここまで大々的に動かしてる手前、それを反故にすることはまずないだろうよ」


「じ、じゃあ金を払う前に母さんを始末しちまおうとするんじゃねーのか!?」


「事故に見せかけて?」


「そうそう、そうだよ!」


「まぁ、そういう展開がなくはないだろーが……その前に領軍が動いてお袋さんを保護するだろうよ」


 もう動いてたっておかしくねーな。そのカネは結局最終的にはエライゾ領に落ちるわけだからな。それを見逃すエライゾ卿じゃない。ちなみに領軍ってのは国を介さず領主が抱えてる独自戦力で、普段は警察に近い仕事をしている連中だ。


「ここの領主がカネを横取りしたりとか……!」


「それこそありえん。先方の家に泥を塗るようなもんだからな、下手うちゃ内戦になる。そんなバカをするお人じゃねーよ、エライゾ卿は」


 俺が余裕を持って懸念点を潰していくもんだから、ついにエルヴィン少年は黙った。それでもまだ納得していないような様子だが、まぁ、ここいらで切り出しても良いだろう。

 俺はそろそろぬるくなってきたコーヒーの残りを一息で干すと、意味深長に告げた。


「そこでだ。まだ納得しきれてないお前さんに、ひとつ“提案”がある」

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