1-15 ティエスちゃんは喫茶店がお好き②

「お、来たな少年。まあ座れよ。パフェ食う? 奢るぞ」


「いらねーよガキじゃねーんだから…………クリームソーダある?」


「さくらんぼ載ってるやつな。マスター」


「パフェとクリームソーダですね。しばしお待ちを」


 病院内の喫茶店にエルヴィン少年を呼びつけたティエスちゃんだ。人の金で食う甘味はうまいか? うまい。今日の払いは情報部持ちだからな。喫茶店は珍しく満席だ。まあ全員情報部の犬どもなんだけど。いまごろ表には閉店の看板がかかってるだろうさ。

 もちろんエルヴィン少年は気付いていない。俺ですら最初に聞かされてなきゃパッとは気付かないだろう。ほんと、仕事ぶりだけは信用できる。

 俺は檸檬水で唇を湿らせてから、口火を切った。


「わざわざ呼び出してすまなかったな」


「ほんとだよ。フレッドとカーラと遊ぶ約束がパーになった」


「まあそういうなって。結構大事な話だからよ」


 エルヴィン少年は不機嫌そうに口先をとがらせた。目つきといい態度と言い、なるほどツッパリ予備軍って感じだ。俺は半笑いのまま続けた。


「なぁ少年。おまえさぁ、軍に入りたいって言ってたの、まだ生きてるか?」


「え? ……オ、オゥ」


「よすよす」


 とりあえず第一関門クリアだ。ガキの夢なんてころころ変わるもんだからな。俺も前世じゃガキの頃は宇宙飛行士になりたかったが、結局コンビニバイトで生涯を閉じた。エルヴィン少年は訝し気な目線をこちらに送っている。


「な、なんだよ」


「まあまあ。ところで俺って一応貴族なんだけど、知ってたか?」


「いや、知らねーけど……なんだよ、自慢?」


「ちがうちがう。ちょっとした制度のお勉強だ……おい、露骨に嫌な顔すんな。そんな難しいこっちゃねーよ」


 俺はへらへらした雰囲気を少しだけ引っ込めて、つづけた。


「軍人ってのは――あくまで王国軍人のことだが、兵卒と士官、将の3つに分類されるんだわ。その上に帥ってのがあるけど、これは国王陛下をはじめとした王族の方々が戴く名誉職みたいなもんだから今は省くな。実際に軍として機能してるのは将までだ。ここまでいいか?」


「まあ、そんくらいは」


「よし。まず兵卒だが、これは兵隊だ。指示されたことを愚直にこなすことが求められる。普通の平民が身一つで軍の門戸を叩けば、まずここから始まる」


 からんとグラスの中で氷が鳴る。


「次に士官だが、これは指揮官だ。上からの命令を解釈して、麾下に対し的確な指示を出すことが求められる。これは兵卒から叩き上げで登ることもできるし、兵学校や大学を出た者ならここからスタートすることもできる」


「ティエスは兵卒から成りあがったのか?」


「いや? 俺は大学を次席で出てるからな。1年間陸軍の訓練隊で訓練と士官教育を受けて、小隊長からスタートした。ま、自分で言うのもなんだがエリートってやつだな」


「へぇ~、意外とスゲー奴だったんだなティエスって」


 エルヴィン少年は素直に感心したようだった。意外にっていうかジッサイかなりすごいからな俺は。自画自賛するように胸を張った。


「まあな。で、将だけど、これはほとんど政治家だ。大局を見て命令を出すセンスが求められる。将になるには士官から上り詰めるしかない。狭き門だな。兵卒から始めたんじゃ、まずたどり着けないだろう。ここまでいいか?」


「おう」


「上出来だ。で、ここで重要になってくるのが爵位の話だ」


「爵位って、伯爵とか男爵とかのやつ?」


「そう、それ。士官階級になるとな、扱いとしては王国に仕官した騎士ってことになる。一部とはいえ軍を統率する人間だからな、平民とは区別したいわけだ。だから任官と同時に、騎士爵位を賜る。一代限りの貴族ってことになるわけだな。領地なんかはもらえないが、恩給が出るようになる」


「ああ、だからティエスも一応貴族、ってコト?」


「そゆこと。呑み込みがはえーじゃねーの」


「それくらい聞いてりゃ理解できるっての。ガキじゃねーんだから」


 エルヴィン少年はイキった。そういうとこがガキなんだよなぁ。ほほえましいぜ。テーブルにことりと甘味のグラスが置かれる。待ってました大統領!


「お、きたな。さ、まずは食え。これからちとカロリーのたけぇ話をしねーとだからな。エネルギー補給はできるうちにする。これ軍人の鉄則な」


「わーったよ。ッたく何だってんだよ」


 渋々という感じで匙を持ったエルヴィン少年だが、その目が青い海の色をしたソーダに釘付けなの、おねーさん見逃しゃしねーからな。


 それはともかく、やったー! ぱふぇだー!


 Going back to the juvenile。心は原始へ還る――

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