1-8 ティエスちゃんは戯れる

「あー!ミイラ女だ!」


「ミイラ女が出たぞー!」


「うるせぇぞガキども―!」


 病院の中庭で読書でもしようかと思ったらクソガキ二人組に襲撃されたティエスちゃんだ。もう包帯はほとんど取れたっつーの!


「まったく。これから俺はそこの木陰で読書としゃれこむから。おめーらの相手をしてる暇はないの!」


「ちぇっ、シケてやがんなー」


「アバズレのくせしてよー」


「本当に口悪いなおめーら。散れっ散れっ、俺にショタコンの気はねー」


 ここは軍病院だけど、一般の領民も受け入れてる。まあ市民病院みたいなもんだな。このクソガキどももここに入院しているらしく、中庭でつまんなそうにしてたから遊んでやったら懐かれてしまった。ああ、遊ぶってそういう意味じゃないぞ。俺にショタコンの気はない。

 まったく最初はいい子だったのに半月もしないうちにこれだ。クソガキってのは恐ろしいね。遠慮ってもんを知らない。


「なーなーなに読んでんの? エロ本?」


「なわけあるかバカ。エロ本は自分の部屋で一人静かに見るもんなんだよ」


 ちなみにエロ本と言っても官能小説か絵物語だ。この世界、ロボがあるくせに写真が一般化してないんだよな。コマ割り漫画はそもそも概念からして存在しない。手塚治虫がいないからな……

 ちなみにレーティングはしっかりあって、そういうのは成人までお預けだ。どこの世界も青少年は悶々としながら過ごすわけだな。こいつらを釣ったのもエロ本だったっけか。余計なことしなきゃよかった。味を占めやがって。


「じゃ―何読んでんだよ」


「『実践! 今日から始める大隊長試験合格講座』」


「うわっ、つまんなそー」


 つまんねーよ。誰がうれしくて昇進試験勉強なんてするか。俺だってエライゾ卿に押し付けられなかったら読まんわこんなもん。


「これも仕事なの。俺はおめーらみたいにお気楽じゃねーの」


「ちぇー、なんだよつまんねーなー!」


「そういやあんた軍人なんだっけ。その怪我ってモンスターにやられたのか?」


「いや、これは……んー、まぁ、元をたどればモンスターってことになるのか?」


 まあ現状のこれをやったのはあの女医なわけだが。


「うわ、すげー。ねぇねぇ、ドラゴンって倒したことある!?」


「ねーよ。ワイバーンなら数匹やったことはあるけどな。そもそもドラゴンなんてここ100年確認されてねーし、とっくに滅びたんじゃねーか?」


「えーっ! ティエス、ワイバーン倒したことあんの!?」


「マジ!? どうやって倒したんだよ、空飛んでんだろ!?」


 おっとずいぶんな食いつきだ。まあ男の子だもんな。しかたね―なぁ、いっちょ話してやるか、俺の武勇伝。デンデンデデンデンレツゴー! ってなもんで、俺は数ページしか読み進めていない本を閉じた。


「ありゃ、ひどい風の日だったな。辺境めぐりの商隊がふたつ、立て続けに襲われてよ。生存者の証言からモンスターだってわかって、俺たちが急遽向かったんだよ――」


/// 中略 ///


「――そこで俺が弓に剣をつがえた。弓も腕も、この一射さえ撃てれば壊れたっていい。俺はありったけの強化をかけて、弦を引き絞った。ワイバーンは急上昇して逃げていく。ヒトが目で追える速さじゃない。だが俺は確信した。今だ、ってな。南無八幡大菩薩。俺はつがえた剣を解放した。剣はさながら稲光のように飛んで、もう豆粒みたいになってたワイバーンを射抜いたよ。ドンッ、っていう破裂音が遅れて聞こえてきて、次の瞬間無理をし過ぎた弓と強化鎧骨格の腕がばらばらに弾け飛んだ。豆粒みたいだったワイバーンがどんどん大きくなって、終いには地面を大きく揺らして墜落したよ。その衝撃でバランサーが逝かれてた俺の強化鎧骨格はすっ転んじまったんだけど、満足だったね。なにせ、勝ったんだから」


「う、うおおーー!!」


「か、かっけぇーー!!!」


 俺が語り終えると、今までかたずをのんで聞き入っていたガキどもは弾けるような歓声を上げた。賞賛のまなざしが心地いいぜ。俺はドヤった。軍人やめたら吟遊詩人でもやろっかな。


――キーンコーンカーンコーン


 おっと、お昼を知らせるベルの音だ。ちょっと語りに熱が入っちまったし、小腹もすいたな。部屋に戻るとするか。


「なぁなぁ! ティエス……中隊長!」


「おっ、どうした? 話は終いだぜ。腹減ったし」


「おれ……おれも、軍人になれるかなっ。強化鎧骨格、乗れるかなっ」


「ぼくも! ぼくも!」


 クソガ……いや、子供たちは憧れに瞳をキラキラと輝かせていた。うわめっちゃ純真。さっきまでのどこかスレて翳のあるクソガキムーブは何だったのか。いやまあ夢は人を変えるからな。少年よ大志を抱けってやつだ。

 俺はにっこり笑って言った。


「ああ、もちろんサ! 王国陸軍はいつでも若い力を欲しているゾ!」


 なんせ万年人手不足だからな!

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