ロシュ国(7) ズッカ石の作り方

 次の日。私が目覚めると先生の姿が見えなかった。起き上がるとひどく頭が痛み、目眩が襲う。何かがおかしいと気づくのにそう時間はかからなかった。


(食事に眠り薬を仕込まれたか)


 妙な倦怠感は薬を盛られた証拠だ。頭痛とめまいがするところから判断するに、おそらくスイフウカの実から作った眠り薬だろう。臭いはなく、わずかに甘みを感じるスイフウカの実は砕いたものをひとつまみ食事に混ぜるだけで一日は目が覚めなくなる――常人であれば。


 おそらく私が状態異常に耐性があるのを知っていて多めに混ぜたのだろう。だが一度に摂取しすぎると死に至る実をあまりたくさん入れるわけにもいかず、二倍ほどの量でとどめたらしい。おかげで私は一晩ぐっすり眠っただけで済んだようだ。


 毒や状態異常薬は普段から色々摂取しておくに限るな、と先生の教育の賜物に感謝しながら意識を集中する。己の中の魔力マナの力をゆっくりと集め、思い描く形に練る。身体の経脈を通り、悪しきものを祓う光となれ。そう念じながら私は呪文を口にした。


Firte浄化せよ


 身体の中を清浄な魔力マナが駆け巡る。頭痛とめまいから開放されてスッキリした頭を動かし、あたりを見回した。どうやら物置小屋のような所に寝かされていたらしい。うず高く積まれたランタンに、何かが詰められた麻袋。中身を確認しようとしたところで外から声が聞こえて、私は慌てて床に転がり目を閉じた。


「――おい、ガキはまだ起きてないよな?」

「さっき確認したときは熟睡してたぞ。しかし並の大人でも下手すりゃ死んじまう量の薬を仕込んでもケロっとしてるたぁとんだ化け物だな」


 小屋の外から聞こえてくる二人の男の笑い声に、よっぽど起き上がってぶちのめしてやろうかと考える。だがここで騒ぎを起こすのは得策でないと思い直し、ぐっとこらえた。まずは私をさらった理由と、ここがどこかを知るほうが優先だ。


「本当にあんなガキをさらっただけでメリウェイは動くのか?」

「噂で聞いたんだがな、あのガキは五ツ星狩人ファルカ・リエレヴェリスカ様の娘なんだとよ」

「まさか……ヴェリスカ様は行方不明だって噂だろう」

「なんでも行方不明になる前、娘を弟子のメリウェイに預けたらしい。だからあの学者は後生大事にあのガキを世話してるのさ」


 ぎゅっと自分の右腕を掴み、歯を食いしばる。耐えろ。騒ぐな。そう自分に言い聞かせる。耐えろ。耐えろ耐えろ耐えろ――。


「ここだけの話……行方不明のヴェリスカ様だがな、大好きな師匠が知らねえ間に男とくっついてガキを作っちまったんで、嫉妬したメリウェイが殺したって噂もあるらしいぞ」

「ひえっ、おっかねえなあ。でもそれじゃあなんで娘は殺さなかったんだ? 普通逆じゃねえか?」

「そりゃあ決まってるだろう。ヴェリスカ様が命乞いしたんだよ。娘だけは殺さないでくれ、ってな」

「それで大人しく好いた女の娘を弟子にしてるたあ、研究しか脳がねえあの学者もなかなか可愛いところがあるじゃね――ぐごおっ!」


 気づけば扉を蹴り倒し、男の腹に一発叩き込んでいた。吹っ飛んで木に叩きつけられた男は泡を吹いて倒れる。くるりと小屋の方に向き直れば、もう一人の男は腰を抜かしてへたり込んでいた。


「随分と好きに喋り散らかすじゃないか」

「ひっ……お、起きて……」

「あんなチンケな量じゃろくすっぽ寝れやしない。親玉リリアーリにそう伝えとけ」


 適当に拾った金属の棒を男に向ける。どうやら荒事には慣れていないようで、応戦する様子は無い。拷問する手間が省けたな、と笑えば男は頭を地面に擦り付けながら命乞いを始めた。


「お許しくだせぇ! い、命ばかりは……っ」

「お前が知っていることを洗いざらい吐いたら、命だけは助けてやる」


 私が言い終わる前に男はベラベラと今回の計画について話しだす。情報を手に入れた私は用済みの男二人を縄で縛って小屋の中に転がし、先生がいる場所へ合流すべく歩き出したのだった。


◆ ◆ ◆


 小屋の中から拝借したものを引っさげ、意気揚々と森の中を歩く。先生は今頃リリアーリと共にクラウの巣穴へ向かっているはずだ。その間に私は森にある三つの燃焼沼を確認して回った。


 沼のそばには目立たないよういくつも機械が設置してあった。魔法生物を捕まえるための網を発射する装置である。これを使ってズッカの人々はウィルヴィーを捕まえていたらしい。


 一つ目と二つ目の沼には見張りもおらず、何事もなく機械を確認し終えることができた。このままうまく行ったら思ったよりも早くアシュティ先生と合流できる。そう思って急いでいたのだが、三つ目の沼についたところで運悪くクラウに出くわしてしまった。


 黒いモヤがうごめく下で何かが動いているのを見つけ、じっと目を凝らす。この前のように命火を喰いに来たのかと思ったが、そうではなかった。黒いモヤの下から弱々しい悲鳴が聞こえたのだ。


「大丈夫か? 今助けるから動くんじゃないぞ!」


 襲われている人へ声をかける。その瞬間、クラウと目があった――ここに目があるという明確な境目はないが、確かにクラウは私の方を向いた。ぐるぐるとモヤが渦巻く。まずい、と思うより先に黒い塊が視界いっぱいに広がった。


 全身を突き刺すような痛みが襲う。何か反撃しないとまずいと思い、振り上げた拳は空を切った。物理攻撃が効かないとなると魔法攻撃をするしかない。そう考えている間にもどんどん体中の魔力マナが吸い取られていく。


「……っ、この、どけ……ッ」


 なんとか黒いモヤの下から這い出そうとしたが、四肢に力が入らない。そのうえ頭の意識に紗がかかったようにぼんやりとし始めた。本格的にまずい――なんとかもがく私の腕に偶然ぶつかったのは、先程小屋の中からとってきた麻袋だった。


 袋の中に入っているのはズッカ石だ。何かの役に立つかもしれないと思って持ってきたものだったが、使うなら今しかない。そう覚悟を決めて私は麻袋に手を突っ込んだ。手探りでズッカ石を取り出し、内包されているマナを増幅させる魔法をかける。石にクラウが反応してくれるかどうかは一か八かの賭けだ。持てる力を振り絞り、遠くにズッカ石をぶん投げる。

 その瞬間、黒いモヤの動きが止まった。


Gilatte燃えよ!」


 ズッカ石が青く燃え上がる。その火めがけてクラウは滑るように動き出した。身体の上に重くのしかかっていたものがなくなり、ひどい痛みが少しずつ消えていく。うまく誤認してくれたことに安堵して、私は次々にズッカ石を放り投げ、火をつけた。地面に倒れて動かない怪我人からできるだけクラウが遠ざかるように。


 最後の一つを投げ終える頃には十分怪我人から遠ざかっていたので、私はクラウがズッカ石に夢中になっている間にその場を離れた。私は丈夫な研究服のおかげで怪我はほとんどないが、先に襲われていた人はひどい火傷を負っているように見えた。応急処置をするため、できる限りの速さでもとの場所に戻る。そうして虫の息の怪我人に手を伸ばそうとしたときだった。


「おいお前、そこで何をしている!」

「うわっ、最悪……」


 森の中に現れた男たちは十人ほど。状況だけ見れば、逃げ出した私が追手を返り討ちにし、止めを刺そうとしているように見えるだろう。


「ローグが倒れてるぞ! 早く街に運べ!!」

「このガキ、人相手に火の魔法を使いやがったな?」


 周りを囲んだ男たちは私を羽交い締めにし、手をロープで縛った。一瞬逃げ出すことも考えたが、そうすればますます私に容疑がかかるだろう。せめて怪我人の男がクラウに襲われたのだと証言してくれれば。そう思ったが、意識を失った状態で街へ運ばれていてどうしようもなかった。


「私はあの男を攻撃したりしていない。クラウに襲われていたので助けただけです」

「嘘をつくな! お前がギーヴとレガを殴って逃げ出したことは知ってるんだ」

「そりゃ、食事に眠り薬を混ぜられて知らない場所に運ばれたら誰だって身の危険を感じて逃げるでしょう」

「お前はとっときの切り札だからな。逃げられたら困るんだよ!」


 切羽詰まった様子の男にため息をついて、私は抵抗するのを諦めた。ここで押し問答しても何も変わらないし、どこまで正当防衛が認められるのかわからない。先生は私が人質になっているのをすでにご存知だろうから、おそらく言うことを聞く代わりに目の前へ連れてこいと言うだろう。遅かれ早かれ、私はこの計画の首謀者のもとへ連れて行かれるはずだ。それなら、今ここで無駄な押し問答をする必要性はあまりなかった。


「私の命と引き換えにアシュティ先生へクラウ退治をさせるんですか?」

「そうだ。クラウは俺達の商売の邪魔だからな。今ここで退治してもらわないと困るんだ」


 ズッカの人々にとって、クラウは非常に邪魔な存在であるらしい。ウィルヴィーの命火を森の奥深くに連れていき、巣穴で庇護するクラウ。ズッカの人々はその存在が邪魔なのだという。その意味するところを考えながら、私は言葉を重ねた。


「あなた達がなぜクラウを排除しようとするのかずっと考えていましたが、先程のクラウの反応を見てようやく理解ができました。あなた方はウィルヴィーの命火からズッカ石を作っているんですね」

「ちっ、ガキの癖には頭が回るな……そうだよ、生まれたばかりの命火じゃねえと石は作れねえ。俺たちにとって命火を攫っちまうクラウは邪魔なんだ」

「一体どうやって命火からズッカ石を作るのですか?」

「生まれたばかりの命火を特殊なランタンに入れとくと、燃え尽きて青い石になる。それがズッカ石だ。俺たちは石を作って加工する職人なのさ」


 その言葉を聞いた瞬間、私は思わず懐に入れた懐中時計を握りしめた。ここにはめ込まれた石は、ウィルヴィーになれなかった命火なのだ。なんてひどいことを、と思わず漏らすと男は顔をしかめて吐き捨てた。


「これだからガキは嫌いなんだよ。てめえは野菜を食べるし肉も食うだろう。俺たちは命火の命をもらって石を作り、それを売って生きている。肉や野菜を売ってる連中と一体何が違うって言うんだ?」

「それは……」

「可哀想だとか珍しい生き物だってぇ理由は聞き飽きた。命火を保護しても俺達の腹はふくれねえし、家族も食わせられねえ。嬢ちゃんがウィルヴィーの命火を狩るのを止めさせたいなら、それ以外の理由を持ってくるんだな」


 私は男に返す言葉を見つけることができなかった。黙り込んだ私を見て、男は背を向け歩き出す。どこへ行くのか聞けば、親分のところだと短く返事がきた。クラウを退治しない選択肢が果たして良いことなのか。答えを見失った私は大人しくズッカの男たちについていくことに決めたのだった。

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