ロシュ国(2) 乱獲者たち

 アシュティ先生と私はイルシュ国西部にあるイーラの森を出て、イルシュ国とロシュ国をつなぐピケロ街道を西方向へ二週間かけて進んだ。


 先生が研究の合間に行う仕事の多くは各国の王から依頼されたものであり、転移陣の使用が許可されている。だが依頼された場所まで行くのにあたり、よほど緊急性がない限り転移陣を使用することは無い。道中で魔法生物の群生地や生息地の調査も併せて行うため、使用する必要がないのである。


 定義として、魔力マナを消費して生命維持活動をする生物のことを一般生物と区別して「魔法生物」と呼ぶ。その範疇には魔法薬(注:投与するだけでは効果を発揮せず、魔力マナを操ることに長けたものが魔法を発動させることによって効果を得られる薬)に使われる薬草類も含まれる。


 高価な薬草は乱獲されることも多く、気づけば一夜で群生地が消えることもある。また外来魔法生物により食い荒らされたり、群生地に満ちる魔力マナの流れが変わることで環境が変わり、群生地に影響が出ることも少なくない。研究拠点のあるイルシュ国とロシュ国を中心として、そういった変化を見逃さないよう定期的にいくつかの群生地を確認していた。


 まず初めに向かったのはイルシュ国内にあるヒメソーヤの群生地である。主に日当たりの良い斜面に生育し、風の魔力マナが満ちる土壌を好む。雪解けとともに小さな白い花を無数に咲かせ、夏から秋にかけて風船のような袋に黒い極小の実をつける薬草だ。葉は傷薬、種は傷薬の薬効向上の材料として重宝されている。春から夏にかけては見習い狩人リエレの数が増えるので、解毒剤に使用される薬草とともに過剰採取されることが多いのだ。


「ルルイ。群生地の第一地点、第二地点の観察は終わったか」

「はい。日当たりもよく見晴らしの良い第一地点は去年より三割ほど減少していました。今までは一部を残して葉や実を採取する者が多く影響は少なかったのですが、最近根ごと掘り起こして持っていく者が増えたようです。人間の出入りが増えて地面が踏み荒らされたことによる生育不良も多くみられました。反対に、小川を挟み第一地点の向こう側にある第二地点はほぼ前年通りの数と生育状態です」


 群生地は数か所のブロックに分けて調査を行い、ブロックごとに面積当たりの個体数、生育状況、ヒメソーヤ以外にどんな植物がどの割合で生えているのかを観察する。第三地点から第五地点の調査を終えた先生に報告すると、何か考えこむように黙りこんでしまった。どこか懸念すべき事柄があっただろうか。かつ、かつ、と靴のかかとが鳴るのは先生が考え事をしているときの癖だ。


「……ルルイ。ヒメソーヤの根の特徴は?」

「毒性が強いため薬にはなりません。強心剤に使われることもありますが、毒とならないよう使用するのは非常に調整が難しく、ほとんど使用されていません」

「そうだ。なら根こそぎとっていった採取者の目的は?」

「医薬製造ではなく、毒薬の密造……?」

「その可能性が高いな。よし、今日はここで野宿をしよう」


 そういうが早いか、先生はさっさと第一地点の方へと歩き出した。慌ててその背を追いかけながらテントを張るのによさそうな場所を探す。川の位置や土の状態を確認しつつ木漏れ日のさす明るい森の中を進めば、あっというまにヒメソーヤが群生する第一地点の斜面に着いた。


「私は少しこのあたりを見回る。その間にテントをはっておいてくれ」

「分かりました」


 投げ渡されたリュックを受け取り、先生と別れる。私が向かったのは、第一地点の斜面を登りきった場所だった。日当たりがよく見晴らしの良い斜面とは違い、斜面の上は鬱蒼とした藪で覆われている。さらに川を挟んだ向かいの第二地点も見渡せるようになっており、なかなか良い場所だと言えた。


 手早くテントを張り、先生のリュックから魔法具を取り出す。見た目はなんの変哲もない赤い宝石がはめ込まれたペンダントだ。テントの入り口前の地面に小さな石を三つ積み上げてから、魔法具を入り口の上にひっかける。ひとつ深呼吸してから赤い宝石へ触れると、六芒星の中に太陽と月を描いた紋章が浮かび上がった。


sirte隠せ


 呪文を唱えれば、たちまちテントは景色に溶けて見えなくなった。唯一の目印は先ほど入り口前に積み上げた石のみだ。先生は目印がなくともテントがどの場所にあるかを簡単に見破るが、私の目はまだそこまで熟練していない。そのため必ずどこかに目印を作っておく必要があった。


 動きがあったのは、先生と交代で見張りを始めてから二日後のことだった。

 日が少し傾き、暑さが多少やわらいだ夕方近く。ふいに木の間のあたりを動く影を見た気がして私はじっと目を凝らした。息を詰めて様子をうかがっていると、やがてふたりの狩人リエレが木の陰から姿を現した。最初は川に水を汲みにきただけかと思ったが、川を越えて第二地点の方へと歩いていく。まわりをきょろきょろと見ながらヒメソーヤに手を伸ばす。手にはハサミではなく、スコップが握られていた。


「ふむ……どちらも星無しみならいか。いよいよ怪しいな」


 さっきまで昼寝をしていたはずの先生がいつのまにか私の方の後ろから外を覗いていた。寝ているときに人の気配を察知する訓練は一年以上私もやっているが、残念ながらまだ一度も起きられたことはない。昼寝していたことを微塵も感じさせない鋭さをまとって、先生は注意深くふたりを観察した。


「どうして星無しだってすぐにわかるんですか?」

「まず歩き方を見ろ。採取するべきヒメソーヤを何本も踏み倒している。おまけに周りの様子を気にしてはいるが、本気で見つかりたくないならそもそもこんな明るい時間にはやってこない。よくて半年修行した程度だな」


 ばっさり切って捨てた先生の言葉を受けて、もう一度ふたりに目を向ける。確かに足元にはいくつか折れたヒメソーヤがあり、周囲の様子をうかがうさまもどこか不慣れだった。


 狩人リエレの階級には見習いである星無しと、各国が試験を実施して一人前と認めた星持ちのふたつに分けられる。星無しの私が星持ちの先生に弟子入りしているように、たいていは師弟関係を結んで一人前を目指すのが普通だ。ところが目の前でヒメソーヤを掘り起こしている星無しふたりの近くには、師匠とみられる星持ち狩人リエレの姿はなかった。


「捕まえて吐かせますか?」

「いや……まずはあのふたりの師匠が近くにいるかどうか、試してみようか」


 茶目っ気たっぷりに目を輝かせて作戦を口にする先生に、私は一も二もなくうなずいた。必要以上に場を引っ掻き回すのは先生の数少ない悪癖だけれども、小芝居を打つ側の私も楽しいので特に反対することもなく引き受けている。こういった任務には、時に刺激も必要なのだから。

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