メリウェイ魔法生物記〜見習い魔法生物学者ルルイによる研究記録〜

さかな

西方三国

ロシュ国 命火喰いクラウの捕炎行動について

ロシュ国(1) 出発

 心地よいまどろみはけたたましく叫ぶ鳥の声によって奪われた。ギエエエエ、と首を絞められたような叫び声に耳を塞ぎながら起き上がる。眠い目をこすりながら窓の外を見れば、わずかばかり空の下が白くなり始めていた。


 夜明けを告げるベルドリが部屋に迷い込んでくるのは珍しい。外に逃がしてやるために部屋を見回すと、その声を出しているのは鳥でなく敬愛する我が師アシュティ先生だった。


 目の前の師匠は今日も美しい。天女のような儚さではなく、黒豹のようにしなやかで鍛え上げられた美しさだ。ベルドリの鳴き真似をするたび、肩上で短く切り揃えられた銀髪が揺れる。一週間ほど前、毒吐き蛇の一種であるロヴァニの毒で髪が一部溶けて少し短くなってしまったが、その美しさはひとつも失われていない。夜闇に光る獣のような金の瞳も、しっかりと筋肉がついて引き締まった体も、全てが完璧な調和を保っている。


 朝起きてすぐ麗しい師匠の姿を拝めるなんて、今日はなんて最高の始まりなのだろう。この上ない幸せをゆっくりと噛み締めている間に、アシュティ先生は大きな荷物を引きずって私のところまでやって来た。


「起きたか、ねぼすけルルイ。なかなか起きないからベルドリの鳴き真似をしたが、喉が潰れるかと思ったぞ」

「それは大変です! すぐに私特製のど飴をなめてください」

「ゲロマズのど飴は要らん。三十分で荷物をまとめろ。グズグズしてるとおいてくぞ」

「喉に優しいハーブをいっぱい入れてるのに……新しいお仕事ですか?」

「そうだ。ロシュ国の命火喰いクラウを見に行く」

「五分で支度しますっ!!」


 ベッドから飛び降り、手早く服を着替える。訳あって三歳の時に師匠に弟子入りし、早十ニ年。仕事に出かけるときはいつも唐突に出発が告げられる。おかげで私は常に旅の準備をリュックに入れておく癖がついていた。朝ごはん用に準備していたパンを革袋に入れ、井戸から水を汲んで水筒に詰める。それで旅支度は終わりだった。


「先生、準備できました!」

「よし、じゃあ行こうか」


 まるで散歩に出かけるような気軽さで家を出る。魔法の鍵で扉を閉めれば、家は森の景色に溶けて見えなくなった。こうしてアシュティ先生と私はロシュ国へと向かったのだった。


◆ ◆ ◆


 旅の話をする前に、我が偉大なる師、魔法生物学者アシュティ・フロウ・メリウェイについてここに書き記しておく。ジミカマメの遺伝法則を発見したロンデル・ヴォールト、島ごとに独自の進化を遂げた小型鳥フィスカの研究者ミルウィン・シュティーロ、大陸東部のアキツ国で「魔法植物学の母」と呼ばれたサクラ・マリノ――アスバート大陸で過去に名の知られた魔法生物学者は多くあれど、我が師アシュティ先生は一風変わった学者として広く知られている。


 特筆すべきは、アシュティ先生の研究内容と発見が学問の発展はもとより、工業、農業、建築など様々な分野での発展に寄与している点である。金になる研究ばかり、と揶揄する人々もいるが、先生が新しい論文を発表するたびにその内容は多くの国で取り上げられ、人々の生活に革新をもたらしてきた。


 功績の例を一つあげよう。大臭花ルキアロと共生関係にある中型肉食獣ピピッカをご存知だろうか。ルキアロは六枚の大きな花弁から微量の魔力マナを発し、おびき寄せた骨生物(注:全身ほぼ骨格のみで形成され、吸収した魔力マナによって動く魔法生物。例としてホネコウモリやホネトカゲなどがいる)を消化液の中で溶かす花である。花の中央にある壷状のくぼみにたまった強酸性の消化液は骨を容易に溶かすが、反対に動物の肉が混ざると消化液の効果が弱まってしまう。


 そこで活躍するのがピピッカだ。ピピッカは魔力マナに惹かれてやってきた生物のうち、骨生物以外の生物を捕食し、食べ残した骨のみをルキアロの中へと落とす。大きな花びらの縁で滑って消化液の中へ落ちてしまわないよう、長い胴と短い足、無数の突起がついたかぎ爪を持つのもピピッカの特徴である。


 この習性はピピッカと同程度の大きさである中型肉食獣ラケロには見られない。その理由として、ピピッカはルキアロの消化液に強い甲羅のような皮膚(注:ピピッカは鎧獣よろいじゅう科に分類される。鎧獣は様々な消化液を持つ生き物と共生関係にある場合が多い)を持っていることがあげられる。


 今までは色々な生物がルキアロに集まって捕食活動を行うと思われており、特定の生物に注目して研究をした者はいなかった。ルキアロの周りに集まる生物の多くが中型から大型の肉食獣なので研究の危険度が高い、というのも研究が進まなかった大きな一因である。一般生物よりも攻撃性が高く、撃退するには特殊な技能が必要となる魔法生物の研究のために狩人リエレ(注:主に魔法生物を対象として捕獲、採集、駆除を行う者。魔力マナを消費しない一般生物を対象とする者は猟師ビーカと呼ばれる)を雇えば費用がかさむ。そのため魔法生物を研究する学者の数は多くない。最近は狩人リエレ出身の魔法生物学者も少しずつ増えては来ているが、箔がつく程度の感覚でついでに学者の名前をつけている者がほとんどだった。


 そんな中、二年前にアシュティ先生は特にピピッカに注目し、ルキアロと相互共生の関係にあることを解き明かした。同時にピピッカが鎧のような皮膚を持つ理由と、長年謎に包まれていた皮膚の成分も解明した。おかげで各国ではこぞってピピッカの皮膚成分と同じ素材を開発し、強酸に強い服が作られ始めている。今先生や私が来ている研究服もピピッカの皮膚を参考に作られた特殊な布で作られているらしい。


 他にもラヴェナー海獣の特殊な求愛行動や、毒沼に棲む骨生物エティカエルの発見、巨大生物ザカリーウシの縄張りと行動範囲などその発見は――ここまで書いたところできちんと旅の記録を書けとアシュティ先生から指導を受けた。これ以上先生の功績を書き記せないのは非常に残念ではあるが、以下は旅の記録となる。

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