百合の間に挟まりたい男VS百合の間に挟ませたくない女

海星めりい

百合の間に挟まりたい男VS百合の間に挟ませたくない女


 ――白陵学区内


 人々が行き交う大通りを二人の少女が歩いていた。


「楽しかったね、サヤちゃん!」


「そうね。ミホにこんな特技があったなんて知らなかったわ」


「えー? 特技まではいかないよ~」


「こんな大きいのを二つも取っておいて?」


 そう言って、サヤはロングヘアを揺らしながら手元の袋を軽く掲げた。

 二人の手にはゲームセンターの袋が握られており、中にはぬいぐるみが入っていた。同じキャラクターの色違いがそれぞれ一つ。

 ミホと呼ばれたボブカットの少女が取ったのだろう。


「えへへ~、折角だからサヤちゃんとお揃いにしたかったんだもん」


「変なところにこだわるのね?」


「変なところじゃないよう! 大事なところなの!」


「そう? でも私の分まで取ってもらったし……半分払いましょうか?」


 サヤが財布を取り出そうとカバンに手をやるとミホは首を横に振る。


「いらないよ~。大した金額じゃないし~」


「……さすがにそれは悪いわよ」


「あ~、それならー、一つだけお願いがあるんだぁ」


「なにかしら? 私に出来ることならいいわよ?」


 サヤから問いかけられたミホは一瞬、肩を振るわせた。

 その理由は歓喜と緊張の両方だろうか。


「えっとね~」


「?」


 言葉を濁すミホに対しサヤは首を傾げて続きを待つ。

 その間にもミホの手はサヤの方へと近づいては離れたり、手を閉じたり開いたりしていた。

 ミホのお願いはおそらくサヤと手を繋ぎたいということだろう。しかし、あと一歩が踏み込めない。そんな複雑な心境が胸の奥に宿っているのだと思われた。



 そして、その二人の純粋でピュアなやりとりの影に一人の男の姿があった。


「はぁーいいねぇ、いいねぇ。今回の映像は高く売れそうだ。白百合はスレてないのが多くていい。無茶してまで、百合特区に入ってきた甲斐があったってもんだ。あとはあの子らが手を繋ぐか繋がないか見届けたら撤収すりゃあいい」


 男はメガネに取り付けた高感度カメラをズームし、二人の少女のやりとりを少し離れた路地裏から撮影していた。


 金になる良いシーンが撮れそうだと興奮したからか、それとも位置調整をするためか、どちらにせよ男は普段ならしないミスをしてしまった。


 路地裏から不用意に顔を出してしまったのだ。


『違反行為を検知しました』


「なっ!? なんでここに!? やべぇ、ずらからねえと……」


 顔を出したのと同時に百合特区内を飛行し巡回する〝リリィ・ドローン〟に見つかった男はすぐさま路地裏へと引っ込み逃走を開始する――


「そのようなことさせるわけないでしょう!」


「がぁっ!?」


 が、背後から近づいてきていた白い装甲具リリィアーマーを身につけた女性に確保されてしまった。


「レンズ横にカメラ及び起動を確認。〝リリィ・ドローン〟からの連絡に間違いはないわね。巡回ルートと少しズレているけど、なにか関知したってことなのかしら」


「ちっくしょう!! 離せ! 離せってんだよ!!」


 男はなんとか拘束から逃れようともがくが、装甲具リリィアーマーのパワーアシストによって強化された女性の力にまったく歯が立たなかった。


「これ以上暴れるなら、へし折りますよ」


「っ、くそがぁ!」


 女性の言葉に本気を感じたのか男はそれ以上、暴れることなくガックリとうなだれた。


「こちらホワイト5。〝リリィ・ドローン〟を通してL.L.OSリーリーオーエスに検知された不審者を確保しました。


 ええ、はい。男は現在スキャン中です――……でました。納入業者として区内へ入ってきています。偽造IDの可能性があります。はい、了解しました。連行します」



 ―――――――――――――――



(はっ、二流野郎め……入り口のL.L.OSリーリーオーエスを突破したのは中々やるが、中で捕まったら意味が無いだろうが)


 おまけに偽造IDに、今、まさに花を咲かせんとしている少女達を静かに見守るのではなく、撮影して売りさばくつもりだったとは……なんて野郎だ。

 〝リリィ・ドローン〟をバレないようにハッキングして、あの野郎の所に向かうよう巡回ルートをいじった甲斐はあったみたいだな。


 そう、あの男が捕まるきっかけを作ったのは須木悠里だ。

 イエス百合・ノータッチ!は基本だろうが!


 まぁ、アイツは触ってはいないが、一歩間違えばあの少女達はもう人前で素直に感情を出せなくなってしまったかも、と思えば俺の行いも正解ではあったようだ。


 それにしても〝リリィズ・ガーディアン〟によって設置されたゲートを突破できる偽造IDか……少し興味はあるな。

 覗いて見るか。


 捕まえたのはホワイト5だったな。さっきのドローンからL.L.OSリーリーオーエスを通して、ホワイト5の装備している機器へ……そっからアイツの所持しているIDへ接続――っと。


 なるほど、なるほど、こりゃIDに秘密があるんじゃなくて、スキャンしている機器そのものか、俺みたいなL.L.OSリーリーオーエスへと気付かれずにアクセス出来るやつの仕業だな。


 偽造ID自体はよく出来ているが、人の目、もしくは街中の簡易スキャンならともかく〝リリィズ・ガーディアン〟やL.L.OSリーリーオーエスを誤魔化せるようなもんじゃない。

 協力者がいなけりゃ、意味の無い代物だ。


 あの捕まった男への興味を急速に無くした俺だったが、それ以上に大事な光景がはじまろうとしているのに気づき目に焼き付けるべく集中する。

 何かって? そりゃ、ミホとサヤさっきの二人の続きだよぉ!


「あのね……手繋いでも良い?」


「? 別に良いわよ、それくらい……って、引っ張りすぎよミホ!」


「えへへ~、ごめんごめん。怒った?」


「まったく、怒ってないわよ。行きましょ?」


「うん!」


 ミホとサヤの二人はそんなやりとりをしながら歩いて行く。しっかりと繋がれた手が二人の仲の良さを証明するように揺れる中、俺は声を殺して、悶えながら喜びを表していた。



(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)



 間近で最高に尊い百合が見れてりゅぅぅぅ!? 

 おまけにグングン来てるよ、エネルギーが! 新鮮採れたてのエネルギーが!!


 そう、このエネルギーこそが、俺がここへ来ている理由だった。

 このエネルギー――〝イノセンシア〟(俺命名)は百合の間に生まれる超次元的なエネルギーだ。


 〝イノセンシア〟に気付いたのは合法的に百合の間に挟まる方法はないか、日々研究していたときのことだ。ある日、俺は自分の付けている観測スキャンゴーグルが百合ップルの間に何かを認識したのを確認した。

 最初はバグかと思ったのだが、調べていくうちにそれは新たなエネルギーであることを俺は理解した。理解してしまったのだ。


 それから俺がしたことは単純だ。〝イノセンシア〟を収集し、研究すべく様々な装備や機器の開発に勤しんだ。これらの開発もつらかったがそれ以上につらかったのは開発に成功してからだ。


 百合特区外では〝リリィズ・ガーディアン〟のような組織は無いとはいえ百合の数は少なく、百合の間に自然に挟まりながら〝イノセンシア〟を集めるのは困難を極めたのだ。

 〝イノセンシア〟を回収できない日もあれば、変質者として通報されかけたことだってある。


 だが、俺はそんな日々を耐え抜いて、耐え抜いて、耐え抜いて〝イノセンシア〟のほぼ全てを解明することに成功した。おまけに、〝イノセンシア〟を動力源とする装備の数々も生み出せたのだ。


 あとはこの集めた〝イノセンシア〟を使って、俺は俺のしたいことをすればいい。

 集めた〝イノセンシア〟を使って、何をするかは簡単だ。

 百合の間に挟まりに行くんだよ。理由なんてない。そこに百合があるから挟まりに行く……人間の純粋な感情の発露であり、自然なことだ。


 そんな俺の願望を満たしつつ、百合の間に生まれるエネルギーイノセンシアを〝イノセンシア〟で動く装備を使って回収しにいく。

 そう……これすなわち永久機関。

 まさに、叡智。

 おまけに、この装備があれば百合特区へ行くことだって可能だ。


 そう結論づけた俺は、〝イノセンシア〟対応の特殊スーツを初めとした装備を着けて百合特区へとやって来ていたというわけだ。

 最初にこの白陵地区――通称〝白百合〟を〝イノセンシア〟の回収場所に選んだのには理由がある。


 白百合はサヤとミホ二人のような日常感溢れる穏やかな百合が多いのが特徴だ。 

 だから、〝イノセンシア〟を利用した高性能な光学迷彩百合ミマモール君とアンチリリィジャマーに靴のショックアブソーバー百合オドロカセナーイを起動させれば、百合の間に挟まることなど造作もなかったりする。

 気をつけるべきは、自分の呼吸音くらいだが、特殊マスクを着ければノイズキャンセラーが働き、ほぼ0に出来る。


 こうして、俺は特等席で高純度の百合を眺めていられるというわけだ。

 もちろん、二人の揺れるお手手に触れないようには気をつけている。

 俺のせいで、この素敵空間が壊れてしまうのは許容できないからな。


 それに、高性能な俺印の光学迷彩といえど何かにぶつかるなどの衝撃をくらえば一瞬景色が歪むくらいはあり得る。最大限注意しなければならない。

 そんなことを考えていたら、一人の〝リリィズ・ガーディアン〟が通りの反対側からこちらを観察するように眺めているのが目に入った。


 気のせいか? それにしては横の二人ではなく、間に挟まっている俺に視線が向いている気がするが……。

 光学迷彩百合ミマモール君は当然起動している。そのうえ、対L.L.OSリーリーオーエス用のアンチリリィジャマーも起動しているはず……偶然か? だが、嫌な予感がするな、念には念を入れて後退しておくか。


 至福の余韻を邪魔されたことに苛立ちつつも、俺は二人の間からゆっくりと抜き出て、大通りを外れようとする俺に対し――


(あぶなっ!?)


 突如、小石が投げられた。

 レーダー範囲内からの攻撃だったため、避けることには成功したが、今の回避行動が他人からどう映ったのかわからない。

 この程度の動きで光学迷彩百合ミマモール君が解除されることはないが、〝リリィズ・ガーディアン〟達は俺の装備には及ばないものの、高性能な装甲具リリィアーマーを身につけている。


 一瞬の歪み等を認識された可能性は大いにあり得る。

 ここはさっさと退散だ!

 路地裏に逃げ込んだが、どうやらあの〝リリィズ・ガーディアン〟も追ってきているようだった。


「神聖な二人の間に何か挟まっているような気がして見ていただけだったけど、どうやら私の勘も捨てたものじゃないみたいね。姿は見えないけど確かにいるわね。逃がさないわよ!」


 おまけにこんな台詞付きでだ。

 俺の〝イノセンシア〟を使った光学迷彩百合ミマモール君ショックアブソーバー百合オドロカセナーイを勘で見破り、追跡するだと?


(なんだあのやばいやつは!? あんな〝リリィズ・ガーディアン〟がいるなんて情報はなかったぞ!?)


 完全に予定外だ。この後のことを考えても無駄な〝イノセンシア〟の消費は避けるべきだが、そうも言っていられなさそうだ。

 使いたくなかった手だが仕方ない……。ショックアブソーバー百合オドロカセナーイの機能を低下させ、代わりに足の脚力増強機能を使って、速度を上げる。

 足音の軽減は少なくなるが、速度を上げて振り切る算段だ。


 装甲具アーマーに取り付けられた集音装置が俺の速くなる足音を拾ったのだろう。

 追ってきている〝リリィズ・ガーディアン〟は通信で応援を呼ぼうとしているようだった。


「こちらホワイト1! ただいま不審人物を追跡中! 本部、そっちで確認はしてる!?」


「こちらでは確認出来ない……ホワイト1それは正しい情報か? L.L.OSリーリーオーエス上でも問題は確認出来ない」


「私の目には映ったのよ! 今も少し、揺らめいているのが見えない!?」


「ホワイト1のカメラからも異常は見受けられない…………が、念のため〝リリィ・ドローン〟をそちらに数機向かわせる。後ほど報告をするように」


「ドローンだけじゃ……って、切れた!? ああ、もう。リリィホワイトドローンαからγへ通達! 迂回して通路を先回りして!」


 ホワイト1と呼ばれた〝リリィズ・ガーディアン〟はどうやら〝リリィ・ドローン〟しか援護をもらえなかったようだ。

 こっちには好都合だな。

 ひとまずドローンのルートを知らない振りして、このまま逃げる。もちろん、速度は上げて、だ。


「っ!? まだ速く!? でも、そっちには」


 こっちにはドローンを配置してあるんだよな? でも、ドローンごときならなんとでもなる。

 通り過ぎる少し前から、ドローンをハックしてカメラとマイクを一時的な不良状態にしておく。ついでに、ただ走るんじゃなくビルの上に壁を蹴って跳び上がれば――


「いない!? ドローンも認識してない。どこに消えたの……」


 見失うというわけだ。

 それにしてもかなり厄介な相手だった。

 俺の事をどう報告しているのか、通信を傍受してみたが、どうやら本部に俺の存在はバレていないらしい。

 ただ、部隊間で一応共有はされているようだ。こちらもそこまで信じられてはおらず、いるかもしれない、程度のものだった。


「一先ずは問題なしといっても良さそうだな」


 だが、予定が狂ったことに違いはない。見れば、回収したばかりの〝イノセンシア〟が大分減っている。


「っち、アイツから逃げるのに大分使ってしまったな」


 光学迷彩百合ミマモール君の他にあれだけの機能を使っていればこうもなるのも仕方ない。

 ホワイト1とついているからには、アイツの管轄は白百合のはずだ。別の地区へいけばアイツと鉢合わせすることはないだろう。


 なら、白百合から移動するべきだな。

 俺もそろそろ違う種類の百合が見たいことを考えるとそれが正しいだろう。


 しかし、百合特区内における区から区への移動は〝リリィズ・ガーディアン〟が守護するゲート以外だと、建設された高い壁を越えていく必要がある。

 もちろんそこにも様々な装置やセンサー、トラップが仕掛けられている。


 それを突破するのにも当然〝イノセンシア〟がいる。

 元々、白百合で集めた〝イノセンシア〟で別の区へいく予定だったが、今の量だと移動した先の区で不測の事態が起きた場合、少し不安になる量だった。


「もう少し、白百合で集めなきゃダメかもな」


 そう呟きながら、新たな百合を見つけるべく移動を開始するのだった。

 そこから先は思いの外苦労することになった。結構な回数、ホワイト1に追われることになったのだ。

 だが、俺は負けなかった。負けなかったのだ。

 俺は時折ホワイト1を初めとする〝リリィズ・ガーディアン〟や〝リリィ・ドローン〟から逃げながら、


「やったー! 勝ったー」


「もう一回! もう一回やろ!」


「ねえ、いったん休憩しなーい?」


「あの二人は元気よねー」


 女子のグループで遊んでいる影でコッソリと手を繋いでいる百合や、


「はい、あーん」


「ちょっ、ちょっと!?」


「んー? 気になったんでしょ、ほらーあげるって!」


「そ、そんなつもりじゃ…………うぅ、えい!」


 食べさせ合いっこをしている百合の間に挟まりつつ〝イノセンシア〟を回収することに成功した。


(これくらいあれば、大丈夫だろう)


 〝イノセンシア〟の残量ゲージを見ながら、背後の白百合へと振り返る。

 ホワイト1という面倒くさい〝リリィズ・ガーディアン〟に絡まれたのは最悪だったが、良い百合を堪能させてもらった。


 そのことに感謝をしつつ、俺は新たな地区へと一歩踏み出したのだった。


(さよならだ、白百合、ホワイト1。またここに帰ってきたときにはあうこともあるかもな)



 ――まさか、この程度であいつが諦めないとは欠片も思わずに。



 俺が次にやって来たのは黒麗――通称〝黒百合〟だ。

 黒百合は控えめにいって勝ち気な百合が多い。ほんわかした白百合と比べれば反対の雰囲気が漂っている。

 だが、今の俺にはそんなことを呑気に考えている余裕がない。

 

『なんでだ!? なんでそこまでして追いかけてくるんだ!?』


『アンタだからだよ! アタシにはアンタが必要だからに決まってるだろ!!』


『!? そこまで……私のことを……』


 喧嘩をした後、互いに傷ついた状態で寄り添いながら手を繋ぐ、という大変心が振るわせられる百合の間に挟まっているときのことだった。


 白い装甲具リリィアーマーに身を包んだ〝リリィズ・ガーディアン〟の姿を視界の端に捉えたのだ。


(なんでアイツが!?)


 そう思いつつも俺はすぐにその場から逃げ出していた。

 黒百合外れの無人ビルに逃げ込んだ俺を追いかけるように入ってきたのはホワイト1ともう一人。黒い装甲具リリィアーマーに身を包んだ女性だ。


「ホワイト1! てめぇ、ここは管轄外だろうが! 何してやがる!! 上はカンカンだぞ!」


「ブラック1! 良いところに! 不審人物を追っているの! 援護をお願い!」


「あ? んなもんどこに……いや、なんかいるな。気配がする」


 だからなんでわかるんだよ!?

 厄介なのが二人に増えたということに内心で舌打ちしつつも、この場を切り抜けるべくホログラムを起動。おそらく二人の目には俺が光学迷彩百合ミマモール君を解除したように見えているだろう。


「「なっ!?」」


 一瞬、驚いたもののそこは流石に〝リリィズ・ガーディアン〟――


「姿を表したわね! ブラック1挟むわよ!」


「命令してんじゃねえ!」


 すぐに動きだした。

 なるほど、この二人いがみ合っているように見えて実は信頼しあっている。実に良い百合だ。


 残念ながらそこにいる俺は虚像だ。ホログラムの消費量には及ばないが、この二人から〝イノセンシア〟を回収しつつこの場から逃げ去る。


 結局、黒百合でも白百合と同じように〝リリィズ・ガーディアン〟達からバレないように、百合の間に挟まり続け〝イノセンシア〟を貯めることになってしまった。

 

 その後も、スポーツ百合の多い赤百合、お嬢様百合の多い黄百合、スピリチュアルな百合が多い緑百合と他の地区を回っていたのだが、その全てでホワイト1やその他の〝リリィズ・ガーディアン〟に追われながら活動することになってしまった。


 おかしい……こんな予定ではなかったのに。

 だが、まあ十分愉しめた。大満足と言って良いだろう。


 脱出しようと百合特区外へ続く、外壁の近くへやって来た俺にタァン!と非殺傷性のスタン弾が命中する。

 スタン弾ごときでやられる装備ではないが、今の一撃で光学迷彩百合ミマモール君が解除されてしまったな。


「ようやくハッキリと姿を捉えられたわね」


(やっぱりホワイト1か……)


 あたりにはカメラもドローンもないことは確認済みだ。アンチリリィジャマーが働いているからホワイト1が搭載しているカメラにも明瞭な姿は映っていないだろう。ホワイト1は警戒しつつ、俺へゆっくりと近づいてくる。


「アナタは何を目的にここへ侵入してきたの?」


「…………」


「答えなさい!」


 手に持つ拳銃を向けながら問い詰めるホワイト1。俺が答えないことに不満を持っているようだった。

 このまま撃たれるのも鬱陶しい。そう思った俺はホワイト1に対してボイスチェンジャーを起動させつつ返答する。


「百合の――……」


「なんて?」


「百合の間に挟まりに来たと言った!」


「な、なんてことを……!?」


 俺の崇高な目的に恐れおののいたのか、ホワイト1の身体がカタカタと震え出す。


「わかっているの! アナタのその行為は!!」


「わかっているか、だと? 当然だ。最も近くで質の高い百合を愉しむべきポジションがそこというだけのこと! だが、俺は誰にも触れていない。あくまで気付かれずに挟まっていただけだ。邪魔をするのは本意ではないからな」


「っく!? なぜそこまで理解しておきながら百合の間に挟まろうとするの!? 二人の間に何か挟まること――それ自体が邪魔なのよ! 気付かれる、気付かれないじゃない!! 二人の間には物理的にも精神的にも、なにもあっちゃいけないのよ!! それこそが唯一無二にしての正義ジャスティス


「そうだな。お前の言うことも一理ある」


「な、なら!?」


「だが、お前も一度くらいは思ったことはないか? 無垢なものを汚してみたいと?」


「…………ないわ」


「その一瞬の沈黙が答えだ。ホワイト1。しかし、俺は可憐な百合を台無しにするような無粋な輩ではない。特等席で愉しむ、ただそれだけの存在だ」


「だとしても、私は貴方を認めないわ!」


「そうか、俺達はわかり合えないようだな。」


「ええ、私は百合を守り続けるわ。アナタと違って遠くから。たとえ、この手が届かないとしても、ね」


「ならば止めてみるが良い!」


「ええ、絶対捕まえるわ!!」


 その言葉が俺の今回の百合特区への侵入――その最後の逃亡劇の始まりとなった。

 最終的に勝ったのは俺だ。


 ホワイト1の壮絶な追走を躱し百合特区から脱出した俺は帰路につきながら、今後どうするかを考えていた。

 今回のことで百合特区の警戒レベルは上がるだろう。そう簡単に挟まれなくなるかもしれない。


 十分愉しんだとしてもう止めるべきか?


 一瞬、浮かんだ弱気な考えを鼻で笑い飛ばす。

 冗談、この程度で諦めるつもりなら最初からやっていない。

 まぁ、装備の強化は必要かも知れないがな!



 ―――――――――――――――




 L.L.OSリーリーオーエスやそれを利用した〝リリィ・ドローン〟でもそう簡単に関知できず、〝リリィズ・ガーディアン〟すらも手玉にとる謎の人物。

 それでいて、目的は百合の間に挟まることだけ……。

 この謎の人物の登場を学園側は重く捉えることになる。


 百合の間に挟まりたい男オブストラクディブ・マンと名付けられた正体不明の人物悠里を捕まえるべく、〝リリィズ・ガーディアン〟から選りすぐれたもの達によって精鋭過激派部隊〝リリィズ・ガーディアン・エクスタミネート〟が結成されたりするのだが――それはまた別の話。



 そして、


「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 今日も間に挟まって最っ高だぁぁぁぁ!」


 須木悠里はこれからも百合の間に挟まり続け、自身の願望を満たしていくのだろう。


                                   ――Fin.




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合の間に挟まりたい男VS百合の間に挟ませたくない女 海星めりい @raiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ