美月、早まるな!

 妹の美月みづきが「僕と結婚したい」と言うので「10年後まで待ってね」と答えておいた。兄妹の結婚はご法度だが、その理由を説明するより、時の流れに任せた方が楽だと思ったからだ。時の流れは、人の興味・考えすら変えるからな。


美月は僕がそう答えて以降、一度も僕に「好き」とか「結婚」を言っていない。

やっと飽きてくれたか。その時の記憶は、徐々に薄まりつつある…。



 それから10年後。


僕は就職を機に、社員寮で一人暮らしを始めた。

といっても、実家から遠い訳ではないので、時々有給を数日連続とって帰省する。


そうする理由は、僕は周りが休む時こそ忙しい業界にいるからだ。

それに、帰省ラッシュにあいたくないというのもある。



最近両親と美月の顔を観てないし、仕事が落ち着いている今、帰省しようかな。

僕は母さんに帰省のスケジュールを伝えた。平日の2泊3日だ。



 帰省当日。玄関先で母さんとばったり遭遇した。


「おかえり。一樹かずき。ちょうど買い物に行くところなのよ」


まさか、僕が帰ってきたからご馳走を用意するつもりなのか?

申し訳ないけど、ありがたく頂いちゃおう。


「そっか。気を付けてね」

僕は母さんを見送った。


「兄さん。お帰り」

リビングにいた美月が、玄関に出てきた。


大学生になって、子供っぽさはなくなっている。もう大人の女性だな。

大学には、実家から通っているようだ。


中学生か高校生頃から「兄ちゃん」ではなく「兄さん」呼びになった。

僕は何も言っていない。彼女なりの意識の変化だろうな。


「兄さん。話したいことがあるの。リビングに来て」

美月に誘われる僕。何だろう?



 リビングで待機中、美月はブラックコーヒーを持ってきてくれた。

インスタントとはいえ、この気遣いは嬉しい。


「ありがとう」

僕は一口飲んだ。…苦いな。美月の奴、粉入れ過ぎじゃないか?


美月は、そんな俺を見つめている。


「それで美月、話って何だ?」


「あたし、18歳になったよ」


「知ってる」

時の流れって早いよな。おっさんのような感想だが。


「結婚できる歳になったよ」


「そうだな」

美月の結婚相手は、どんな人になるのかな?


「兄さん、結婚しよ♡」


「…は?」

理解が追い付かない。美月は何を言ってるんだ?



「18歳になったら結婚するって話、忘れてないよね?」


それを聴いて、10年前のことを思い出す僕。


「ちょっと待て。あんな子供の時の話を、真に受けるなんて…」

美月の歳になれば、兄妹の結婚はご法度なのはわかるはず。


それでも言ってくるってことは、本気なのか?


「お前、ある時から僕に『好き』とか『結婚』って言わなくなったろ?

あれは飽きたからじゃないのか?」


「飽きたんじゃなくて、兄さんを困らせたくなかったの。

時間の流れは、どうすることもできないから」


マジかよ…。この問題、僕の想像以上に根深いみたいだ。



「でも、時間の流れでこともあるよ」

美月は自分の髪を触っている。


「あたし、兄さんが好きなタイプの女性になれたかな?」


美月と好きな女性のタイプの話をしたことはない。

そんな事を知るきっかけは…。まさか…。


「あのパソコンで兄さん、エッチな動画を観てたでしょ? その女優さんと同じように髪を伸ばしたんだよ。…どうかな? 似合う?」


パソコンの履歴を見られたことが、全ての始まりだ。

美月はそんなことまで覚えていたのか。信じられない。



「兄さん、ひどいよね。好きな妹がいるのに、家を出ちゃうなんてさ」

美月は文句をブツブツ言っている。


「いつ僕がお前に『好き』って言った?」

そんな事、言った記憶ないぞ。


「…覚えてない訳? あり得ない」

美月の目が怖い。マジ切れしてるな。


…もしかして、僕が漫画を読みながら流すように言ったあの『好き』のことか?

あれを本気だと思ったのか? 僕こそあり得ないぞ。



 「兄さん。今回の帰省は2泊3日だったよね。ゆっくり話せそう♡」


そう言って、リビングを出た美月。自分の部屋に向かったか?


10年前のあの出来事が、再び僕に関わってくるなんて…。

この帰省で、美月の目を覚まさせる。絶対に!

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