第40話:鈍くとも苛立ちは感じる


 これ以上いじられるのはごめんだ。元々そんなキャラじゃねぇんだよ、俺は。はぐはぐとパンと食い進めれば田川も食事を再開した。


 体を斜めに壁にもたれて教室を見回す。今まであまり気にしていなかったけど、よくよく見ればカップルらしきクラスメートがいる。仲良さげに二人でスマホを見て笑い合っちゃったりしてる。


 女子と談笑する麗華が目に入った。……うまくいったらアイツもあんな風にいちゃつくんかな。うわぁ想像出来んな。


「どしたの、何かズーンってなってるよ」


 きっと麗華だけでなく、他の生徒だって誰かを好きだったり誰かに好かれたりしているのだ。互いの気持ちが通じ合えば知人友人から恋人へ変わるのだ。

 何故付き合う段階にいけるんだろう。そこまで相手を思うって、どんなんなの?


 過去の自分の片思いを思い出してみても、付き合いたいとまで気持ちが高ぶった経験はない。可愛いなーとか見てて癒されるなーってなくらいで、その人とどうにかなりたいなんて考えに至ったことがない。

 ……なんかそれって、近所で飼われている柴犬に対して思う気持ちと変わらんくね、とセルフツッコミが浮かんだ。違うと思いたい。


「いや……。なんか皆、やってんなーって思って」

「やめなよ、昼間から卑猥なこと言うの」

「違うわ」


 空っぽになったパンの袋を縦にねじって頬杖をつけば小さく息が漏れていった。


「小柴だっているじゃん」

「俺ぇ? 誰」

「そんなの自分が一番分かってるでしょうに」

「……え、分かりませんけど」


 真面目にそう返すと田川は目をぱちくりとさせてから噴き出した。


「えっ、本気で言ってる?」

「な、なにが」

「小柴ってそこまで鈍いんだ?」

「は?」


 笑いながらも驚いたような顔をした田川は、弁当箱を片付けてから腕を組む。


「水城さんのこと好きなんだと思ってたんだけど」

「は? 俺が瑠奈を?」

「うん、違うの?」

「千鳥と同じこと言ってんな」

「あぁ、お兄さんもそう思ったんだ。だよねぇ」

「単純過ぎないか、ちょっと仲がいいだけで」


 やれやれと肩をすくめてみせると、田川は「違う違う」と組んでいた腕をそのまま机に置く。


「小柴はね水城さんにだけ、優しい目してるんだよ」


 そしてこれまた、千鳥と似たようなことを言った。



 ♢♢



 授業に全く集中出来なかった。期末も迫っているのに、右から左どころか右にも入っていない。

 田川の言葉はいつもの妄想だろと思う反面、千鳥の言葉に重なるから流せなかった。客観的に見ると俺の目は瑠奈に対して違うのか? 優しい?

 普段からそんな怖い目つきをしているつもりはないんだけど……なんてとぼける気はないが、瑠奈にだけなんてそんな意識はゼロだ。


「小柴、隣付き合って」


 放課後、田川は英語の辞書を片手に「これ山本さんに返す」と誘ってきた。

 教室に向かうと田川に気付いた山本さんが駆け寄ってくる。辞書を返したついでに何やらお喋りが始まってしまったが、そこに参加せず俺は教室を覗いた。


 俺が立つ場所から一番奥、窓側の席に瑠奈はいた。机に向かって何かを書いている。そしてその前に一人、椅子の背もたれに逆向きで座る男。


「えっ、うそ。ほんとー?」

「マジマジ」

「えー、見たかった」


 何の話をしているかは全く分からないけど、生徒数が少なくなっている教室に、ペンを動かす瑠奈とそれを見つめる男の声が響く。


 あれ、昼休みの奴か……。

 キノコみたいな頭しやがって。


「はやち、何見てんの?」


 山本さんが俺に声をかける。聞こえてる。だけど返事が出来なかった。

 胸がざわざわして気持ちが悪い。時折その男の声に顔を向ける瑠奈の横顔が俺の目を歪ませる。


 何だ、これ。どうした、俺。

 理由は分からないけどとにかくめちゃくちゃ、あのキノコむかつく。


 ハッキリと苛立ちを感じた時だった。キノコの手が瑠奈の頭に伸びるのが見えて、


「瑠奈っ」


 俺は声を出していた。

 それは、名前を呼ぶにしては少々でかくて荒いものだった。


「……千早くん?」


 くりんと振り返った瑠奈は目を大きくした後すぐに笑顔になる。ちょっとごめんね、とキノコに言うとこちらへ向かってきた。

 キノコは行き場を失くした手で自身の頭を掻いていた。


「あー、皆勢揃いだねぇ」


 ドアに並ぶ三つの顔を見て瑠奈が手を振る。それに田川が振り返した。……なんかニヤニヤしてんな、この二人。

 そんな奴らの元で話すのも、と思っているのに瑠奈が目の前で止まった瞬間、俺は口を開いていた。


「……あれ、誰」

「ん? スズキくん。日直なんだー」


 日直……。ちらりと山本さんを見れば、ぺろっと舌を出して後頭部に手を添えている。バレたかじゃねぇ。

 そうか、キノコと日直だったのか。


 関係性は分かったところで胸のもやもやは取れない。「お、まえさぁ……」と言葉が出てきたが、ニヤニヤを隠さない二つの顔がちらつく。

 瑠奈の手首を掴んで自分の教室へ連行した。


「どうしたの?」


 覗きにくる気がして扉を閉めたと同時、瑠奈は体をきゅっと小さくして首を傾ける。家で見た姿とは違ってふわっとセットされた髪が揺れた。


 あぁ、あぁもう。


「頭とか、撫でさせんなよ」

「えっ?」

「もっと警戒しろよ」


 突然の物言いに瑠奈の目が丸くなる。

 だけども前置きとか出来ないくらい俺はイライラしていた。


「もっと何か、ハードスプレーとかで盛ればいいのに。ガチガチに固めればいいのに。触り心地悪くしろ」


 無茶苦茶言ってんのは百も承知だ。でも思わずにいられない、キノコに撫でられたとしても「げ」と引かれればいいんだ、と。



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