第21話:わかる人、わからない人


 横断歩道に差し掛かったところで麗華が走ってきた。コイツのことだ、教室の戸締りとかしてきたんだろうな。


「待ってって言ったのに」

「知らん」


 外に出て一人で風に吹かれたおかげか、俺の頭は随分と冷静になれていた。

 なのでこの返しは通常モードだしこれに対して麗華の表情が変化することもない。


 一緒に帰ろうなどと言わずとも麗華は当然のように隣を歩く。

 女子にしては歩くのが速いから気を使ったこともないが、ここ最近俺の隣にいた人は足が遅かったから違和感だった。


「静かね」

「俺はいつもこーだろ」

「何で私にはそうなの?」


 歩行者用信号機が赤になり俺らは歩みを止めた。車が一台、目の前を通過していく。麗華は長い髪を手で押さえながら拗ねたような声で言った。


「水城さんに対する態度と違う。どうして? 水城さんのことは好きじゃないんでしょう?」

「しつこいね、お前」

「好かれてるかもしれないから? そういう子は無下に出来ないってこと?」


 まぁ自分に好意を持っている相手をやみくもに無下にはしたくねぇな。特に俺のようなアオハル的なものとは縁遠い男からしたら、そんな女子を冷たくあしらうなんてスキルは持ち合わせちゃいない。

 だけどもそういうことじゃないよ。お前だってさっきギャンギャン言ってただろ。

 俺らは幼馴染。良くも悪くも互いを分かっているから俺らは素でいられるんじゃないか。

 付き合いの長さのせいだし、おかげでもある。俺はコイツといる時無駄な労力を使わずに済むのだ。


 まぁそもそもな。

 そもそも瑠奈には……。


「アイツ好きな奴いるよ」


 他人に言うのはどうかと思うがコイツは口が堅い。それは確かだ。

 そこの心配はない。ちょっと罪悪感はあるけど。


 ……そうだよな、これ。

 勝手に言ったことに悪いと思ってんだろ。

 この、みぞおち辺りがきゅうと締め付けられてんのはさ。


「……そう」

「そっ」


 信号が青に変わり俺たちは歩き出す。赤の時間長すぎじゃないか、車も大して通ってなかったのに俺らはおりこうさんだよ、全く。


「千早は彼女とか、どうなの」

「もっと分かり易く言ってくんない」

「ほしくないの?」

「そんな簡単にできるものじゃないんですよー」


 恋人を作るってことは、まず第一段階として俺に好きな人が出来るか俺を好きな人というものが存在しなければならないだろ。

 最初からなかなかのハードルである。


 それに、別にそういうのいらないよ。

 俺は今の生活で十分充実している。

 学校はまぁ楽しいし、いい友達もいるし、口うるさいかーさんみたいのもいるし。


 それに瑠奈との計画だって、真剣だし。

 アイツとつるむのはなかなかに大変なんだぞ。振り回されるのはまぁいいのだけど、なんというか、いろんな感情が湧くのよ。

 基本、謎な感情がいろいろ出てくるの。


 そこに彼女とかは、無理無理。


「……麗華」

「なに」

「さっき瑠奈に言ってたよな。ちゃんと山本さんに謝れよ」

「……なによ、急に」

「お前が適当なこと言わない奴ってのは分かってんだけど。一応さ」

「……大丈夫よ、ちゃんと謝ります」

「あの人隣のクラスだから」

「分かってるわよ」

「そうかい」


 よし、もうこの件は終わりにしよう。

 コイツは嘘はつかない。

 俺に謝ると言ったのだ、きちんと実行する。


 若干、気になるとこはあるけれども。瑠奈に向けられていたような気はするのだけども、そこをほじくるとめんどくさそうだ。疲れる。



 分岐点に辿り着くと、


「千早、あんまり遅くまで起きてないでちゃんと寝るのよ」

「へぇへぇ」

「千早」

「分かりました」


 麗華はオカンを降臨させた。

 それまでの会話がどんなものであっても、やっぱりコイツはブレない。



 ***



 翌日、瑠奈とばったり廊下で遭遇した。昼休みが終わる10分程前。

 同時にトイレから出てきて数秒見つめ合ってしまった。「スッキリしたかい?」と瑠奈は笑った。そっくりお返しするよ。


「昨日、ごめんね。なんか最後、変な感じになっちゃって」


 トイレから少し離れた辺りで歩みを止めた。俺は壁にもたれて、瑠奈は窓から校庭を眺める。


「お前が謝ることじゃないだろ」

「いやいや。昔さぁ友達に言われたことあるんだよねー、色目使うなって」


 風にさらわれた前髪を額に戻し指先で整えながら、瑠奈は突然そんなことを言い出した。


「そんなのした覚えないけどそう見えるみたい。だから竹下さんに変な風に見えたのかもって」

「そんなこと言う奴は捨て置け」


 全く。どうしてこうも無責任な発言をする奴らが多いのか。

 俺ら幼馴染に関してはまだいいさ。でも瑠奈に対してのそれは悪意があるだろ。


 顔も名前も性別も分からないその人物へむかむかしていると、瑠奈は「あのね」と校庭を見つめていた目を俺へ真っ直ぐ向けてきた。


「図々しいのは分かってるんだけど」


 ……なんだ、瑠奈の様子がおかしい気がする。

 じっと俺の目を見つめてくる大きな目にどくん、と胸が叩かれた。


「まだ続けさせてほしいの」


 何言ってんだ、コイツは。

 誰も終わらせようとしていないのに、何故続行を志願する。


 なんでこんな。しおらしくしてんだ。

 図々しい? そんなのは最初の段階で使う言葉であって、もう今更、必要ない――


「学校では絡まないからさっ!」



 言葉の後すぐにチャイムが鳴った。瑠奈は「じゃっ、戻ります!」と敬礼をして走っていった。

 その背中を黙って見ているわけがない。瑠奈の名前を呼んだ。だけど振り返ってはくれなかった。


 俺は少しの間、壁にもたれて灰色の地面を見つめ、瑠奈の言葉を何度か繰り返した。


 俺と偽物カップルは続ける、ということでいいんだよな。

 だけど学校では絡まない、というのは何だ。そのままの意味なのだろうが、何故?


「意味がわからん……」


 それ自体もそれを伝えてくるのも、分からなかった。

 瑠奈が、分からなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る