第46話 幕間

 一人の少年は傷ついた体を引きずって走った。


「シャイ姉ぇ……うぅ、シャイ姉!」


 先ほどまで気を失っていた少年。

 裏切った勇者の強力な一撃によって起こった巨大な爆発で頭を打ち付けた。

 そして、目が覚めたころには全て終わっていた。


「サンシャイ将軍が……うそだぁ、うそだよねぇ、シャイ姉ぇ!」


 自分の初恋の女性であるシャイニが、自分の忠臣でもありシャイニの父親でもあり自分も絶大な信頼を置いていた将軍を自らの手で殺した。

 連合軍は大敗し、総大将も大将軍も捕虜となった。

 結果、全軍退却という中でタンショー王子は目を覚まして、馬車から飛び降りて、来た道を走って戻った。


「うそだよねぇ、うそだよね! 嘘だぁ!」


 魔水晶を通じて見せられた悪夢のような光景。

 シャイニが淫らな雌となって自ら大魔王に身体を差し出して交わっている場面。

 自分たちと決別し、尚且つ大魔王の子を腹に宿しているという最悪の事態。

 しかし、タンショーはまだ一縷の望みに懸けていた。


 全て嘘かもしれない。


 きっと操られているのだ。


 せめてこの目で実際に見るまでは信じることはできない。


 ひょっとしたらまだ何とかなるかもしれない。



「シャイ姉、僕が……僕が……きっとシャイ姉を……」


 

 普段は守られてばかりだった王子も、愛する女のために走った。

 王子は止まらず、休まず、振り返らずに元居た場所へと走った。


「あっ……あの山、見覚えが……」


 そしてついにタンショーは見覚えのある地まで戻ってきた。

 大地や密林が戦の余波で無残になっている。


「ひどい……これを……シャイ姉たちが――――」


 すると、その時だった。



「は~~い、ジャーくん、10週目ぇ~♥ 次はもう一回、私だよ♥」


―――ッ!?

 


 雌の嬌声が耳に入った。

 しかも、それは聞き覚えのある「声」だった。


「っ、い、今のは……」


 その瞬間、全身の鳥肌が立ったタンショーは荒れた荒野の岩陰に隠れる。


「はあ、はあ、はあ、はあ……うそだ……うそだ……うそだうそだ……っ、で、でも……」


 岩陰に隠れ、胸を抑えるタンショー。心臓がバクバクする。

 そして、自分の頭の中で「見ちゃダメだ」、「嘘だ」という言葉が繰り返し反芻する。

 これを見たら、本当に取り返しのつかない絶望になると本能で理解していた。


「うへへ~♥ ジャーくぅん、もう『このまま』寝ちゃおっかァ?」

「なっ?! そのままなんて卑怯ですよ、シャイニ!」

「ジャーくぅん赤ちゃん、ラブリィまーまが甘やかしてあげるよぉ~」

「ふーひーふーひー……わ、私の鍛えぬいた足腰ももう限界だけど……まだよ! パンプアップでパワーアップなんだから!」

「………立てないけど……まだする♥」


 思わず耳を塞いでしまうタンショー。

 震えが止まらない。

 涙も止まらない。

 このまま何も見ずに逃げ出したい。

 だがそれでも、タンショーは恐る恐る岩陰から顔を出すと、見晴らしの良い丘の上で……


「……しゃいねぇ……チガウ……ダレアレ?」


 そこにはもう、自分の知っている初恋の女は居なかった。

 ただ色に狂い堕ちして乱れる淫魔。

 さらに……



「う、うぅ、切ない……お、お願い……ラブリィ……このままじゃおかしくなる……も、もう、もうお願い! 私をどうにかして! 私にも女としての幸せを!」


「う、うわ、あ、あああああああああ! 頼む、後生だぁ! も、もう、この戒めを解いて自由にしてくれ! もう自分が自分でなくなってしまい……もう、メチャクチャにしてくれぇ!」


「はあ、はあ、豚です……私は大魔導士ではないです、ただの男を知らない雑魚豚です! どうかこの糞以下の雑魚雌豚にお恵みを!」



 人質として捕らえられている三人の乙女たちは、両手足を縛られて身動き取れぬまま地面でのたうち回りながら、目の前で見せつけられている男と女の交わりに、もう精神崩壊し、ついに堕ちてしまった。

 


「あ……あ……」



 もはや言葉も思考も停止してしまったタンショー。

 すると、そのとき……


「……!」

「あ……」


 大魔王と濃厚なキスをしているシャイニが、視界の端でタンショーの存在に気づいたのだ。

 明らかに目が合った。


「しゃ、しゃいね……」


 気づかれた。

 どうなるのだ?

 だが……



「ジャーくんスキスキスキスキ世界で一番好き~♥」


「ッッ!?」



 シャイニは別に何もしなかった。

 無視してただ、大魔王との絡み合いにそのまま没頭した。


「っ、な、なんで……ひっぐ、なんで……なん――――!」

「!」

「ひっ!?」


 だが、タンショーが怒りに震えて一歩踏み出そうとした瞬間、絡み合っていたシャイニが強烈な殺気を込めてタンショーを睨んだ。

 その瞬間、タンショーは金縛りに合い、同時にその瞳に本能で告げられていた。



――これ以上邪魔したら殺す



 と。

 そして自分を見るシャイニのその目で、タンショーの中でのシャイニとの幼い頃からの思い出は粉々に砕け散り、そして同時にシャイニが実の父親すらも殺したことが本当だったのだと理解した。



「う、あ、うう……うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」



 そして、次の瞬間タンショーは金縛りから解け、もうどうしていいか分からず、泣き喚きながらその場から逃げ出した。


「……っ……あの王子は―――んむっ!?」

「ジャーくん、もうそんなのどうでもいいのぉ♥ 今はもっとラブラブ~♥」


 大魔王も王子の存在に気づいたが、そんなこと気にするぐらいならもっと自分たちを愛せとシャイニたちに唇を塞がれて、そのままどうすることもできなかった。









「はあ、はあ、はあ、はあ……くそ、くそぉ! シャイね……いや……あのクソ女ぁああああ! 大魔王に堕とされて、くそ、くそぉ! 地獄に堕ちろぉ! 死ね死ね死ね死ね! 死ねぇ! シャイニも、他の女たちも全員死ねぇええええ!」


 もう、何もかも終わり、走って泣き叫びながら呪いのようにタンショーは憎しみを叫んだ。

 だが、所詮は叫ぶことしかできない。

 

 自分たちは負けたのだ。


 勇者も居ない。

 

 屈強な将もいない。



「うゥ……ううう……もう終わりだ……この世は……」


  

 希望は……



「奇遇だね。僕もあの女たちは地獄に堕ちてくれと願わずにはいられない」



「……え?」



 だが、その時だった。

 誰かがタンショーの目の前に現れた。

 そして、血の涙で歪んだ視界を拭った瞬間、タンショーは目の前の人物に衝撃を受ける。



「魔族!? いや、お、お前は……!」


「初めましてだね、王子。一応自己紹介を……魔王軍の七星将……フェイトだ」


「ッ!?」



 それは大魔王を支える魔王軍の大幹部という、正に天敵中の天敵。

 世界にも歴史にもその名を轟かせる魔族の超大物が目の前に現れ、思わず「殺される」と後ずさりしそうになるタンショーだったが……



「戦の流れは知った。まさか……あんなにアッサリと連合軍が敗れ、さらにはセクシィ王女、ヴァギヌアやハーメシアという強豪たちまで倒れたとなっては、もう連合軍もほぼ壊滅状態だね」


「っ、……な、なにを……」


「だが一方で、それは僕たち魔王軍にとっても痛手。君らが多少なりともあの女たちにダメージを与えてくれたところで介入し、大魔王様を救出しようとしたが、当てが外れた。そして同時に、今の魔王軍ではどう逆立ちしても大魔王様を救出できないと悟ってしまった」


「……え……あ……え?」



 意外にもフェイトは何もしてこないどころか、ただ話を始めた。

 そしてその話の流れは……



「な、何なんだ……フェイト……あなたは一体何を……それに、大魔王を救出とはどういうことだ? だって、大魔王がシャイ姉たちを――――」


「違う。敗れて捕らえられているのは大魔王様の方だ」


「……え……」


「そう、本来は君たち人類が勝っていたんだ。そして、奴らは魔界史上最高の美男子である大魔王様に一目惚れし……大魔王様はあの淫乱娘たちに捕らえられ……凌辱されているんだ」


「そ、そんなバカな――――ッ、い、いや……でも……」


「大魔王様の頭部を見ただろう? 欠けた角。あの状態では大魔王様は魔法を自在に使うことも、戦う力も失われてしまう」


「ッ!?」



 そんな話があるものかと言いかけたが、タンショーはハッとした。

 確かに、言われてみればシャイニたちに「洗脳されている様子が無い」という疑問も、そして何よりも大魔王との絡みに大してシャイニたちが主導的に、そして積極的に動いていた姿を思い出すと、否定しきれなかった。

 

「……そんな、シャイ姉たちが……負けたわけでも洗脳されているわけでもなく……ただ……一目惚れしたから? 人類を、世界を救えたはずなのに……そんな……そんなふざけた理由で? そんなことのために!?」


 あまりにもふざけた理由。

 もし本当だとしたら、許せるはずがない。

 さっきまで抱いていた怒り以上のものが沸々とタンショーの内から芽生え、するとそんなタンショーにフェイトは……



「僕は、大魔王様をどうにかして救出したい。あの女たちから引き剥がしたい。でも、それは叶わない。そして君もまた、人類の脅威となったあの女たちにはもう殺意しかないだろうが、今の連合軍ではもう無理だろう?」


「……どうしろと?」



 そして、ここからまた世界の歴史と流れが少し変わる。



「どうだろうか、魔王軍と人類連合軍……ここは一つ、手を組まないか?」


「ッッ!!??」



 遥か悠久より種族の壁を乗り越えられずに戦争を続けてきた人類と魔族が、初めて共通の目的のために手を組むのであった。


 それは、一線を超えてしまった勇者たちの恋愛を断ち切るためという、神すらも予想しなかった理由であった。





~第一章 完~





――あとがき――

お世話になっております。

本作、第一章はこれで一旦まとめさせていただきたいと思います。

今後の自分の負荷状況を見て、続きは考えたいと思いますので、よろしくお願い致します。


また、ここまで御覧になって頂き「面白い」、「続きが気になる」などと思っていただけましたら、下記の「★」でご評価いただけたら嬉しいです。

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冗談で口説いたら攫われた大魔王~知らなかった? 女勇者たちからは逃げられない アニッキーブラッザー @dk19860827

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