第46話 兄貴だから

 オリバーの合図で、周囲を飛ぶ翼王族が飛空艇に近づいた。


 彼女たちの背から飛空艇へ飛び移った兵士たち。

 ジオを含め、彼らは土竜族の製品ではない『人間が見よう見まねで作った兵器』を腰にぶら下げている……、時代遅れの拳銃と、ナイフである。


 刀の文化があったが、取り回しにくいために採用されなかった。

 潜入と移動をメインとする今回の作戦には不向きだ……、一騎打ちだったとしても、刀が土竜族のプレゼンツに勝るとは思えない。

 使用者の腕次第だが、刀を上手く扱える人間がいないことも確かだ。


 プレゼンツに実力を補助されていた人間たちである……、一朝一夕で身に付く技術ではない。


 どっち道、潜入であれ、一騎打ちであれ、刀の出番は今後もないだろう……。


 刀の本領発揮は、プレゼンツによって蓋をされてしまっているのだから。


 だから兵士たちが持つのはプレゼンツではなく、土竜族からすれば『おもちゃ』に見える武器だ。武器の性能では確実に負けだ……、こっちは一応『武器』と言えるが、あっちは『兵器』である……。殺しに特化した製品に勝てるわけがない。


 勝つ気があれば、絶望的だ……勝つ気があれば、の話。


 そう、


 兵士たちへ下された任務は一つ……、飛空艇を落とすこと。


 暗雲の下の海へ――。


 土竜族に勝利する必要はない……、とにかく飛空艇を、破壊でも、不具合でもなんでもいい……、空爆をさせる前に地上に落としてしまえば――敵の優位を削ぐことができるのだ。


 地上へ落とすことができれば、プレゼンツの差を埋めることはできなくとも、多少は拮抗できるようにはなるだろう。


 手が届けばなんとかなる。


 なんとかなるかもしれない……それを信じて。


 土竜を再び、地に落とすことだ。



 翼王族の背中から跳び、割れた窓から飛空艇へ侵入したジオは、床に着地したと同時に横へ転がった。

 足を着けた瞬間の硬直状態を狙われると危惧したが、杞憂だったようだ……、ここは通路である。土竜族がばたばたと倒れている――だ。


「……なんだ……?」


 怪我はないようだ。

 毒を含んだ煙でも吸って倒れたように、男女問わず、土竜族が積み重なって倒れている。隙間を見つけて足を着け、なんとか通路の先を進むジオは、ある扉を見つけた……。


 扉なんて通路にたくさんあったが、特にここが気になったのだ。


 部屋の中。


 扉越しでも分かる威圧感が、この先にいる人物を只者ではないと思わせた。



「……飛空艇の、いや、土竜族の長、か……」


 でないと説明できない威圧感である。もしも、これでリーダーでないとしたら、これよりも上がいることになる……そんな事実があれば絶望的だ。


 土竜族に勝利する必要はない、とは言え。


 飛空艇を落とすにしても、そんな強者に邪魔をされたら、それさえできないだろう。


 ……囮が必要か。


 できれば長く相手を足止めできる、人間側の中での強者をぶつけるしかない。


「師匠か、俺だな……」


 師匠――オリバーへ連絡することを考えたが、同時に侵入している以上、この扉に気づかないわけがないだろう。

 ジオ、オリバー以外も、この扉に辿り着くはずだ……、強者は自身を囮にすることで飛空艇を落とす算段を立てるはず――なら、この威圧感に畏怖をした者たちが、飛空艇を落とす役目に就くことを自発的に理解するはずだ。


 連絡は必要ない。


 見えている目的と脅威から逆算し、やるべきことは見えている。


 ジオは扉を開けた。

 広い空間、中心にあぐらをかいて座っていたのは――大男である。



「人間か? 続々と侵入してきたか。……、こっちで勝手に内輪揉めをしてたんだ、外側を警戒していなかったんだからそりゃ当然か……」


 筋肉隆々の、褐色の体だった……、野生の猛獣を思わせる見た目は、土竜を象徴しているようだ。彼の周りには、通路と同じく土竜族の、大人も子供も混ぜた女性たちが倒れている。

 傷はない。彼もそうだが、彼女たちにも――、毒を含んだ煙で倒れていた通路の者たちは、もしかしたら彼の威圧感で意識を飛ばしたのかもしれない……?


 あり得ない、と言い切れないのならば、充分に可能性はある。


 こうして彼の正面に立つジオでも、びりびりと肌を突き刺す威圧感を感じているのだから。


「……通路に倒れてただろ? それは毒だと思うがな……。

 アーミィならできるだろ。簡単に多数を戦闘不能にすることは容易だろうしよ」


「なら、この子たちは違うってことか?」


「オレがやった。さすがに威嚇だけで気絶させることはできねえよ――、傷を作らず意識を奪うことは難しくねえ……分かるだろ? 兵士なら悲鳴を出さずに殺す方法は熟知しているはずだ」


 ……首絞め。もしくは、脳を揺さぶればいい……。


 繊細な手が必要になってくるが、彼は似合わず、そういうことが得意らしい。


「どっちでもいけるってだけだぜ。単純な力で叩き潰すことも、できないわけじゃない。どっちかと言えば、そっちの方がオレもやりやすいしな」


 大男が動いた。


 あぐらを解き、立ち上がる――。


「……四人、五人か。他の奴はこそこそと別の場所へ移動してやがる」


「分かるのか?」


「耳が良いんだ」


 太い指で自身の耳を叩きながら――大男が視線を回した。


「この飛空艇を落とすために、心臓エンジン部分を壊しにいったか……別にそれはいいんだが……、それを止めるために『あいつ』が下手に手を出して返り討ちになる方がまずいな。

『あいつ』のプレゼンツがこの飛空艇であり、多くのプレゼンツを所持している『あいつ』を心配する必要もねえのは分かってるがな――、まあ、難しい話だ」


 なぜなら――



「妹に危険が迫っていると知って加減ができるほど、オレも冷静なままじゃねえってことだ」

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