第45話 三つ巴、崩壊

 翼王族は『自由』を得た。

 長時間、人間を背負って飛行しても、翼は疲労を感じない……。


 淡く、青色に包まれたその力は、翼王族からすれば『懐かしい』感覚らしい。



「見えたッスよ、土竜族の飛空艇ッス……どうするッスか?

 今のアタシたちなら左右上下、どこからでも近づくことができるッスけど……」


 翼王族にしては珍しい、日焼けをした褐色肌の少女だった。

 王族に買い取られた翼王族は、鑑賞用、もしくは使用目的で使われることが多いが、その過程で王族の『趣味』に合わせて変えられる場合もある。

 彼女の場合は白い肌をこんがりと焼いた褐色だったわけで――、部位欠損の事例が確認されている中、彼女の変化はマシな方だ。


 口調や性格も変えられたらしいのだが……、そういう事実を知らなければ、元からこういう性格である、と信じてしまう出来栄えである。


 叩き教え込まれたのか、乗り気だったのかは定かではないが……、無理をしている感じがない以上、前者でもあっても、彼女が笑顔なら首を突っ込むのは大きなお世話かもしれない。


 気にするべき翼王族なら周りにたくさんいるのだから。


「窓から侵入してもいいけどな……、防弾だろ? 俺たちの武器で割れるか……?」

「じゃあアタシがやっておくッスよ」


 少女が指先をガラスに向け、次の瞬間――、


 翼が纏っていた淡い青色の『なにか』が指先に集まり、放出された。

 弾丸のようなそれが飛空艇の防弾ガラスを割る。


「一割も受け取ってない『力』ッスけど、ガラスを割るくらいできるんスよね」

「すごいな、その……神から貰った力、なんだろ?」


「そうッス。独唱・ゼウスさまがアタシらのために力を貸してくれてるんスよ――、ただ、アタシみたいに『人間に屈した』翼王族に与えられる力は少ないッスけどね……」


 独唱・ゼウスが翼王族・全体に与えた力を『100』とすれば、彼女が受け取った力は『1』もない。『1以下』の力なのだ……。

 ほとんどの翼王族が人間に屈してしまったことで、少数の翼王族が大半の力を持っていっているということになる……。


 半分を独占している一人がいるのかもしれない。


 だからと言って、その独占している誰かに、力を所持されたまま、ということではない。人間に一度、屈したとは言え、今、翼王族としてのプライドを取り戻し、過去の翼王族のように、『らしく』振る舞えば、力は再分配されていく……。

 独占している誰かよりも翼王族らしさを発揮すれば、ゼウスの力を奪うことができるのだ。


「でもお前、『らしく』振る舞う気はなさそうだよな」


「はい! アタシはこの生き方が向いてるんス。翼王族の生き方はアタシからすれば生きにくいって思っていたんで……。力の譲渡の割合が少ないだけで、困るわけではないッスから――ジオせんぱいの役に立てているなら本望ッスよ!」


「お前がいいなら、俺はなんも言わねえけどさ……」


 人間による『教育』によって『今の彼女』になった可能性は否定できないが……、言い出したらきりがないだろう。

 彼女を気にかけ、他の翼王族の少女を気にかけないとなると不公平だ。

 全員を救うか、見捨てるか……、そこまで極端になるほど冷たい対応を取るわけではないが、声を上げない相手を助けるほど、ジオも余裕があるわけではなかった。


 特に今は。


 土竜族との、全面戦争の最中である。


 飛空艇で空に移動したと思えば、しかし土竜族は一向に攻撃を仕掛けてくる気配がなかった。人間を支配したければ即日、速攻で進軍してきてもおかしくはなかったが……。

 作戦にしては長過ぎる……これは意図的ではなく、土竜族側で問題が発生したと考えてもいいだろう。であれば、この隙を見逃すのは勿体ない。


 土竜族という『敵』が出現した今、翼王族と力を合わせる必要性が出てきた。今だけは嫌悪は度外視して手を組む……。でなければ土竜族に支配されて、翼王族も人間も同じく壊滅である。


 今は最優先で土竜族をなんとかする……人間と翼王族のいざこざは後回しでいい。


 打ち解けているように見える褐色の彼女とも、土竜族に勝利した後は、敵同士になっている可能性もあるわけで――。

 共通の敵がいるというのは、上手い具合に臭い物に蓋をしてくれていた……、まあ、怪我を骨折で誤魔化しているようなものなのだろうけど……。


「……自由に飛び回れる翼を得たのはいいけどさ、これ、時間制限で落ちたりしないのか?」


「大丈夫ッスよ。力の供給は強さであって量ではないッス。電池が切れたように力がなくなることはないッスね……。

 供給はされ続けますが、受け取った力の強さが増すことはないってことッス。アタシ以外の翼王族が『らしく』振る舞ったことで、力の配分の量が変わってしまうと、アタシが使える力の強さが減ってしまう可能性はあるんスけど……」


 それでも、ジオを背負って飛び回れるほどの力はあるようだ。


「安心してください、ジオせんぱいをここで落とすなんてヘマはしませんからね!」


「お前が言うとなぜだか前振りに聞こえるんだよなあ……」


 前例があるからだろう。


 転ぶわけないッスよ、と言えば転ぶし、忘れるわけないッスねー、と言えば忘れる少女だ。


 やりましたッス! と勝ち誇れば油断したところを敵に撃たれて負ける様子を、訓練で何度も見てきた……、言ったから、そうなったという因果関係はなさそうだが、声に出したことで油断している部分はあるだろう……。


 失敗するな……ッ、と肩に力が入り過ぎてぎこちなくなっても困るが……――失敗しないならそっちの方がマシか?


 なんでもいいが、とにかく彼女には最後まで気を抜かずにいてほしい。


「……突入の指示が入った、合図まで少し待て」

「はいッス!」


 端末に耳を傾ける。相手はジオの師匠である、オリバーだ。


 彼も同じく、翼王族の少女に背負われて、飛空艇の周りを飛んでいるのだろう。


 元・兵士――、そして徴兵によって集め、鍛えた兵士を引き連れ、飛空艇を襲撃する特攻隊を作り上げた。その総指揮は、オリバーである。


 ちなみに、アンジェリカとオリヴィアは地上で待機である……、片足を失くした少女を戦場に出すわけにはいかないし、アンジェリカはオリヴィアの生活の補助だ。

 オリバーの役目を代わったのが、アンジェリカである――。


 大切な子供たちを助けるため、土竜族の支配はなんとしてでも阻止しなければならない――、オリバーも、ジオも、負けて帰ることは絶対にできない。



『――、突入』

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