第29話 世界最大の敵対者

 王族が保有している地下牢獄……、

 クリスマスに、この冷たい地面に初めて座った。

 気が付けば既に年を跨いだようで――新年である。


 例年通りであれば、ジオと共にカウントダウンでもして、新年を迎えたことをお祝いしていただろう……、二人とも大人だから、お酒も飲める。

 一年に一度だからと、調子に乗ってアルコールを摂取し過ぎて記憶がなくなり、目が覚めた時に二人一緒にベッドで横になっていたのが、昨日のように鮮明に思い出せる……。

 つらい二日酔いも同時に思い出してしまうが、それでも……楽しかったのだ。


 地上に落ちてから、つらいことばかりだった彼女の傍にいてくれた、ジオ……。

 彼女からすれば部下であり、パートナーであり、友人でもあり……。


 弟のようでもある。


「……、――っ」


 微かな足音……、

 久しぶりに感じる訪問者に、彼女の手が鉄格子に伸びる。


「ネム=ランド……戦争が始まるよ」


「戦争……?」


 訪問者は王族の男だった……。

 ネム=ランドに翼王族の人権を売ろうとしていた、『教育国家』の長である。


「人間と翼王族の上に立ち、我々を支配しようとしている……、その機会を作ったのは君なんだよ。プレゼンツを作らせ、それをこの世界に浸透させたのは、君の案だった……。

 確かに便利な道具だったさ、兵器としても満足いく出来だった――だからこそ、得た恩恵はそのまま敵対勢力になれば、対処できない脅威となる。

 分かっていなかった? 

 そんなわけがないだろう?

 土竜族が裏切ると思わなかった? そんなわけがない。

 聡明な君が、こういう事態を想定していなかった、とは思えないね」


「それは……」


 するべきだった、と今なら分かるが……。


 当時のネム=ランドは、それどころではなかった、と言えば、言い訳になるだろう。デリバリー・エンジェルや、願掛け結社サンタクロースの仕事が多忙で、頭が回らなかったことを理由にはできない……。実際、プレゼンツの暴発によって死人が出ているのだから。


 不注意でした、とは、言えないのだ……。


 だけど、だからと言って『意図的にやった』と認めるつもりはない。


「だから我々はこう結論付けるしかないわけだ。君が意図的に対処をしなかったのだ、とね。想定できていたし、裏切りも、プレゼンツが反撃に使われた時の脅威への対処も、充分な時間があったのだから策の一つくらい……罠の一つくらい、仕掛けることができてもいいだろう……。

 にもかかわらず、この結果ざまだ。

 プレゼンツに限らず、土竜産の道具が暴発し、国民に被害を与えた。道具に頼り切っていた人間は、道具に頼らない生活を強いられ、やがて、ストレスによって衰弱していった……、そんな最中に攻めてこられてしまえば、絵に描いたような一網打尽だ。

 どうしようもないね――君たちの思惑通りの支配が進んでいる」


「私は土竜族に加担などしていません!!」


 鉄格子に額を叩きつけるように、主張をはっきりと述べる。

 翼王族の人権を得るためにやってきたことだ……、土竜族の支配を手伝うことで翼王族の人権が取り戻せるか? ……否だ。

 目的が一致しない。

 ネム=ランドに、土竜族を手助けする動機がないのだ。


「土竜族に加担する動機がなくとも、人間を排除する動機はあるだろう?」

「…………」


 否定はできなかった。否定するのはおかしな話である……、ネム=ランドにしても、彼女以外の翼王族はみな、人間によって私物化されているのだ。

 人権なんてないのだから、道具のように扱われ、時には鑑賞用としてガラスケースの中に吊るされたり、性欲処理用として乱暴に扱われたり……、老いないために殺され、死体を保存されたりもした……、そういう仲間をたくさん見てきたのだ。


 歴史を辿れば復讐の動機がある……それしかない。


 翼王族が人間に感謝していることなど、歴史からは読み取れない……。


 ネム=ランドが土竜族と手を組んで人間を排除しようとするのは、自然だ。


 プレゼンツの暴発どころか、デリバリー・エンジェル、そして願掛け結社サンタクロース……土竜族のプレゼンツを社会に浸透させたのは、便利さに依存させるためだ。

 そして、最高潮まで依存が高まったところで、手元の道具を兵器に変える。


 便利な道具は、使い方を少し捻れば、自身の手首を斬り落とすような効果を発揮するのだから。


「君は最初から、人権を我々から買う気などなかったわけだ」


「違います……! 私は本当に……っ」


「しかし、分かりやすいのは手っ取り早くていいじゃないか。奪う、のだろう? そしてこれから戦争が始まる……、勝者が支配者となり、世界を作り変えることができる。

 ひとまず土竜族を落とす……その後は、翼王族だ。――人間の支配を今ここで途絶えさせるわけにはいかないな――最も多く繁栄した『最弱の種』の数の利を、なめるなよ」


 そう言い残し、王族の男が鉄格子に背を向けた。


「そう言えば、君にご執心の男がいたな……」

「…………なにをしたの……」


「なにも」


 嘘ではない。

 実際、王族から彼へなにかをしたわけではないのだ。


 なのに、彼は志願した――。

 戦争が始まると知れば、率先して戦場へ向かうことを表明したのだ。


「平和に浸っていた者が多い中、あの血気盛んな若者……ではないか。男は珍しい。君のためじゃないのかな? 戦争を早く終わらせて、君の無実を証明する?

 君を救い出すためか――? 実に扱いやすい駒だね。

 君という餌を吊るしておけば、彼はどこまでも走っていくだろう……体力のことなど考えず、両手両足を失ってもひたすらに――」


「だ、め……ッ、ジオを止めてくださいッッ!」



 止まれないのだ、と男が言った。


「止まってしまえば、きっと壊れてしまうからだ」


「……ジオ、…………」


「現実逃避をするために戦争へ向かう――、

 彼は戦士でなくとも、やはり兵士ではあるようだ」




 アンジェリカが部屋に入ると、滴る赤い血が見えた。


 点々と落ちているそれは浴室に向かっており……、


「――ジオくん!?」


 シャワーが出ている音がしているが、構わず浴室の扉を開ける。

 すると、シャワーを浴びながら倒れているジオの姿があった……。


 体には深い切り傷、多くの打撲、など、痛々しい怪我の数々があった。


 流れる血が浴室の床を一瞬だけ赤色に染めるが、流れているシャワーが全て洗ってしまう。

 シャワーで体が温まり、血の巡りが早くなることで、さらに流血してしまう……、このままでは失血死だ。


 すぐにシャワーを止め、ジオの体を抱えて、浴室の外へ。

 目を覚まさない彼の体を、さっとタオルで拭いて……、背中に背負う、ことはできないので、肩を支えながら足を引きずる形でベッドまで運ぶ。

 ゆっくりと、横にさせ――……そこで、少しだけ、大きくなったように感じるジオの体を見つめる。


 アンジェリカの指がジオの胸筋に触れ――そこで細い腕が、がしっと掴まれた。


「わっ!? ち、違うよジオくんっ、決して寝込みを襲おうとしたわけじゃ、」


「……するか?」


「え?」

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