第5話 子供と大人→大人と大人

 施設に顔を出すと、ジオの顔に気づいた女性が声を上げた。


「え、――ジオお兄さん!!」


「ん? …………久しぶ、……いや、誰だ?」


「私ですよ、アイです、アイニールですっ」


 アイニールという名前は知っているが、ジオの記憶では、アイニールという少女はもっと幼かったし、容姿や性格やら、おとなしかったはずだ……。


 時が経っているので成長と言われたら納得だが、それにしたって百八十度も変わってしまえば、名前だけが同じなだけの別人に思えてしまう……。


 ジオが知るアイニールは黒い前髪で目元を隠した、先生の背中に隠れてひょっこりと顔を出している女の子のはずが、今では束を作っては結べないほど髪を短くし、肩と膝を出した動きやすい格好をしている……。


 肩を出していたさっきの生意気な翼王族の少女とは違い、色気は一切ない。しかも身長もジオよりも頭一つ分も高く、背筋が良いので胸を強調するような姿勢になり……、


「……本当に覚えていないんですか……、ジオお兄さん」


 前かがみになって上目遣いを見せてくる……、あの頃の再現、なのだろうが、あの頃は目元が隠れていたので再現にはならなかったが……、思い出すきっかけにはなった。


「覚えてるよ……その呼び方と恐る恐ると言った口調は確かにお前だ……アイニール」


 少し見ない内にここまで変わるとは思わなかった……、先生が死んだから、ではないだろう。

 先生の代わりに彼女が新しい先生に抜擢されたのだとしても、急にここまで変えることは難しい。


 見慣れないジオが違和感を抱くだけで、施設の子供たちはこれが当たり前である、と言った様子だった。……板についている。

 であれば、彼女のこのスタイルは最近になって出来上がったものではないということだ。


「心境の変化なんだろうが……それにしてもすげえ変わったな……いいと思うぞ」


「ジオお兄さんも……。なんと言うか……私たちよりも何十年も先に進んだ感じがするね」


「ようは老けたって言ってんじゃねえか」


 否定はしないが。

 アイニールとの年齢差は六つ、だったはずだ……、ジオお兄さんと呼んで慕ってくれていたアイニールはまだまだ小さかった。

 比べてジオは既に思春期だった――、ジオが成人した時も、幼少の頃のイメージのまま成長した彼女だ。

 だからこそ、この変わり様は、なにか悩みでもあったのではないか、と疑ってしまう。


 今の様子を見れば解決したとは思うが……、引きずりながらも空元気で頑張っている、というわけでないのが幸いか。


「そ、そんなことないよ……大人っぽくなったね、と思って……」

「それは、まあ、お前も――」


 ジオの視線が僅かに落ちた。

 一秒にも満たない一瞬で、「やべ」と自制したジオが視線を上げるが、目線移動にいち早く気づいていたアイニールがジオの目を見て――にやり、と口角を上げた。

 ……胸を見ていたことがばれた。

 きゃー、と叫ばれたり、胸を腕で隠す仕草をするかと思えば、彼女は堂々とその大きな胸を張って見せてくる。


「ジオお兄さんのために取っておいたんだよ? まだ誰も手をつけてないから、どうぞ」


「……どうぞってなんだ、どうぞって。バカ言うな、ガキがませてんじゃねえ」


「いや、成人済みなんですけど……」


「俺にとっちゃ、お前はまだ先生の背中にしがみついて離れないガキのまんまだよ。いくら見た目が変わろうと、印象までは変わらないんだよ……。

 頭を撫でて喜んでいたお前が、今度は胸を触られたいのか。そんな風に育てたバカはどこだ、つまみ出せ!」


「もういませんよ。……だから帰ってきてくれたんでしょ?」


「…………そうだな」


 ちょっとした現実逃避だった。

 二人が知る先生がいれば、逃げるな立ち向かえと言うだろう……、だが、二人の精神的支柱だった存在はもういない。

 これからは、下の世代の支柱になるべき立ち位置にいる……。

 アイニールが、まさにその立場なのだった。


「先生の顔を見にきた。どこにいる?」


「はい。案内しますね」


 施設の中は変わっていなかった。

 多少の模様替えはあったようだが、基本的に同じだ。道に迷うことはないだろう。


 経年劣化が目立ってきても改装をしないのは、単純な資金不足である。教育費として国から資金提供があるものの、それ以上に出費が多く、赤字続きだった。

 子供の未来の選択肢を広げるために見聞を広めていたら、気が付けば提供された資金以上にお金を使っていたのだ……、先生独自の伝手で追加の援助は貰っていたようだが、これからは難しそうである。


 先生の知り合いの連絡先を知らないし、たとえアイニールがお願いしたところで、都合良く援助してくれるとは思えない……。

 先生の知り合いは、『先生だからこそ』援助してくれたのだ……、先生が亡き今、国にごまんとある施設の一つに、ぽんとお金を出してくれるわけもない。


 小さい施設だし、過去に大きく出世した子供がいるわけでもない。

 前例があるかないかで国の中で施設の立ち位置が変わるのだ……、他国とは差別化されている【教育国家】らしい制度である。


「働ける年齢になったら、子供たちは施設を出て仕事をしてくれてるの……、少しでも施設にお金が入れられるように、って……。

 先生だったら断ってるだろうけど、今はそうもいかなくてね……。施設の設備を維持するのもお金がかかるし、使わずに持ってるだけでも、やっぱりお金がかかっちゃうものだから……」


 国から提供されている分だけでは圧倒的に足りない。……かと言って、追加で申請すれば理由を問われ、先生の独断で拡張した施設が原因である、とも言いづらい……。


 教育に関係ない娯楽も多々あるため、王族からの印象は良くないだろう……。

 国は優秀な大人を求めている……、無駄を排した教育こそが理想であり正義だと――。


 先生が重視した教育方針は、国からすれば毒であるのだ。


 最悪、この施設が丸ごと壊されてしまい、子供たちは別の地区へ散り散りになってしまう可能性もある……。

 隣にいるからこそ救いになっている子供たちもいる。双子をばらばらにするようなものだ……。

 だから下手に申請して藪をつつけば、蛇を出してしまう可能性がある以上、言いたくても言えない状況だった。


「この間、アンジェリカが施設を出て仕事を始めたんだけど……、あの子から聞いてる?」


「いや、聞いてないが……。何年も連絡なんて取ってないんだ、知ってるわけ……」


「え? でもアンジェリカはジオお兄さんを追って、と言っていたけど?」


「……俺を追って?」


「うん。デリバリー・エンジェルに入るって言ってたけど」

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