第30話 大事なものだよ~

「それじゃぁ早速お買い物に行こ~!」


 と、腕を上げて元気にそう言う。


「そっか、先に料理の前に買い物だな」


「冷蔵庫の中空っぽだもんね~」


 奏はキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。


「ホントだ。水しか入ってないな」


 俺も、奏の後ろから冷蔵庫の中を覗く。


「でも、なんで水が入ってるんだろうね」


「さーな」


 ラブホの冷蔵庫の中に似てるとか言いたくもない。ペットボトルの水だけ入ってるあれな。

 ここでそんな事ぼやいたら、「ラブホってなに?」とか聞かれて説明する羽目になる。


「ま、お水くらいあった方がいいからありがたいね」


「そう………だな」


「よし!ならお買い物行こ~」


「おい、行く前に財布とスマホ」


「あ、そうだった」


 玄関に向かおうとする奏を止める。

 ウキウキになるのはいいけど、一番大事な事を忘れるなよ。

 絶対家の鍵とか閉めないタイプだ。昔から知ってるけど。


「お財布とスマホと………あと必要なものは?」


「家の鍵は持ったか?」


「あぁ~それならちゃんとここにあるよ」


 バッグの中を探ると、前に出して見せてくる。


「これは大切なモノだからね~、肌身離さず持ってなくちゃ」


「財布もスマホも十分大事だろ」


「それよりこの鍵の方が大事だって~、零二くんとを繋いでれるんだから~」


 部屋の照明に鍵を照らしながら眺める。

 鍵が同じだけではない。これからいくつかの物が、2人の共通物になる。

 どれもかけがえのない物なのは、俺も同じ気持ちだ。

 電気を消し、玄関で靴を履くと、


「もう忘れ物はないよな」


「うん、多分ない!」


「そこは断定してほしかったな」


「あ、でも一つ」


 そう言うと、奏は俺の手を握る。


「これが一番大事かもしれないね」


 若干、頬を赤く染めながら微笑む奏。

 この笑顔を見るだけで、同棲が始まって良かったと思うな。


 もっと、前置きは必要だとは思ったが、でも、この笑顔には叶わない。

 買い物に行くなんてただの生活の一部なのかもしれないが、その一部までもが幸せに感じなんて、これ程すごいことはない。


「それじゃ~、献立でも考えながらスーパーに向かおう~!」


「今日は肉の気分だな~」


「ならハンバーグ?それともステーキ?あ~、焼肉も捨てがたい」


 家の鍵を閉め、新婚ほやほやの夫婦のような会話をしながら、俺達はスーパーへと足を運ぶのだった。


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