第6話 キヨマルさんと「お家ルール」

 ずうっと毎日降り続いていた雨が、やっと晴れた。ぼくは、ミントと一緒に外に出た。外は眩しくて、どこまでも広い。空もどこまでも広くて高くて届きそうにない。お日様が、水たまりをキラキラ照らして、風が少し冷たくて、ぼくはクシュンとくしゃみをした。


 最近、ぼくたちは、外で遊ぶことも多くなった。カラスに食べられる大きさじゃなくなったしね。まだ、キツネには出会ってないからわかんないけどね。大抵のニンゲンは、キツネが、「コンコン」鳴くって思ってるらしいって、オマガリさんが言ってた。本当は「ギャンギャンギャン!!」だから、気をつけろよ、とも。追いかけられるのは嫌だなあ。ぼくは、とっても足が遅いんだもの。一番先に食べられちゃうかも……。そう思うと、また寒気がして、クシュンとくしゃみが出た。



 おかあさんが、「ご飯だよ〜」と、ギュウシャの中から呼んでいる。もうちょっと外遊びをしたかったけど、ご飯にはかなわないね。

 タタタタッと走って、ご飯のところへ行ったのさ。


 でも、しばらく、ぼくらがご飯を食べる様子を見ていたおかあさんが、

「さ、」

と言って帰りかけたんだ。

「えっ?」

ぼくは、タタッて、おかあさんの前に行った。

「えっ? もう、何? ご飯食べなさい、チョコ!」

おかあさんが、ぼくを叱る。だけど待ってよ、今日は、「ねずねずタイム」してないよ。

「ニャ〜ン」

ぼくは、おかあさんにスリスリして、ねずねずタイムをねだった。


「だーめ、ご飯を食べなさい」

「ニャ〜」

「ごはん食べない子とは遊びません!」

って、おかあさんは、そのまま帰っちゃった。


 ぼくはね、どうしても、おかあさんと遊びたかったんだよ。だから、帰るおかあさんについて行ったんだ。

「もう! ダメだよ! チョコ! こら、ついてきてもダメ!」

おかあさんは、逃げるようにして、白いおっきなおっきな箱の中に入って行ったんだ。

 ぼくも入りたくて、外から何度も呼んだけど、おかあさんは出てきてくれなかった。


 トボトボ、ギュウシャに戻ったんだ。



「ねえ、チョコって、『家猫』化してると思わない?」

「そうだなあ。牛舎の中で家猫化かぁ……」

「懐くのはさ、可愛いんだけど、餌を自分で捕れない、自分で身を守れないじゃ、追い出されて、夏場本当に野良猫化したときに、どうしようもないよ?」

「家で飼うわけには……」

「無理無理。ダメだよ。こんなに大きくなって、今更躾けられないわよ。もっともっと小さい頃からじゃないと、『おうちルール』だって覚えられないだろうし……」

「そうだなあ……」

「……それにさ、他の猫飼っちゃったら、キヨマルが可哀想過ぎるでしょ?」

「……だよなあ」



 おとうさんとおかあさんの話を、オマガリさんが聞いていたようで、話してくれた。

 ぼくは、もう、「ガーン!!」だ。

 おとうさんとおかあさんの住んでいる『家』には、ぼくは住めないってことなのか。


「家の中で生まれて育った猫じゃないとな、『お家ルール』ってのは難しいらしい。家の中で育ったヤツでも、賢いヤツじゃないとダメみたいだ、って『キヨマル』さんが言ってたな」

「『キヨマル』さん?」

「元々家猫だったヤツだよ。あんまりにもな、一日中うるさい声で鳴くから、牛舎猫にされたみたいだぜ」

「そんなこともあるの?!」

ぼくとミントは顔を見合わせた。

「夜中にも明け方にも、毎日毎日凄い声で鳴いてたみたいでな。その頃に、おかあさんが参って、身体の調子を崩してな。おとうさんも仕方なかったみたいだ」


「でも、ギュウシャ猫になったんなら、キヨマルさんは困らないじゃない」

ぼくがそう言うと、オマガリさんは首を横に振った。

「キヨマルさんは、誰とも仲良くなれないんだ。居場所がないみたいに見えるな」

「そうなんだ……」

「それで、よく、おとうさんについて家に帰ろうとするんだが、家の前まで来ると、すまなそうな顔をして、おとうさんはドアを閉めてしまう」


「キヨマルさんは、大きな声で鳴き続けなかったら、家に入れてもらえたの? なら、ぼくは、鳴かないようにするよ。それでも入れてもらえないのかな?」

「『お家ルール』はな、そんな簡単なもんじゃないんだと。実際、家に住んでた連中も、昼間は外で遊んでたんだ。だから、話もできたんだが、今は……」

「今は?」

「家の中には猫はいないんだ」

「な、なんで?」

「キヨマルさんが最後の一匹だったのさ。そいつを追い出しちまったから、もう家の中では飼わないって決めたみたいだ」

「だから、『他の猫飼っちゃったら、キヨマルが可哀想過ぎる』って思ってるのか、おかあさん……」



 寝る前に、ミントと「お家ルール」について話した。

「どんなルールなんだろ? そもそもルールってどんなこと?」

ぼくがたずねる。

「決まりごと、っていう意味さ。守らないといけないこと、だね。」

ミントは物知りだ。

「守らないとどうなるの?」

「罰を受ける。キヨマルさんが追い出されたみたいに」

「そうなんだ……。どんなルールなんだろうな?」

ぼくは、木の床を見ながら考えていた。


「っていうかさ、チョコ」

ミントが真剣な目で話しかけてくる。

「チョコは家猫になりたいの? 何で立派な半野良猫になろうとしないの?」

「立派な? 半野良猫は立派なの? ニンゲンにご飯もらってるじゃない。」

「それは……そうだけど。」



 なんでだろう。今日は、ミントと気持ちが一緒にならない。双子でずっと一緒にいたのに……。なんだか悲しくなった。


 今日は月も星も見えない。ぼくは初めてミントと離れて眠った。



※近況ノートに、家にいた頃の、キヨマルの写真を貼っておきました。

https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16817330647732109964

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