いま話題のレンタルサービス

『鶴マジできた笑』

『鶴の家政婦さん?が来たんだけど、本当に何でもやってくれてびっくり……どういうしつけしたのこれ!おすすめ!』

『この鶴ロボットかなんかなん?』

『いや鶴じゃないでしょうこれ…鶴に化けた妖怪かなんかでしょ…』

『念願の鶴レンタル二回目!お部屋も綺麗にしてもらったしご飯も作ってもらったし、ついでに仕事も手伝ってもらって最高!』

『ご近所さんが鶴のお手伝い?を家に入れてるんだけど、絶対怪しい、つーか普通に生活に混じってんの怖すぎる。なんか陰謀でもあるんじゃないの』

『鶴さん、さわってもいいって聞いた頷いてくれた・・・かわいい・・・・・』


 シゲオには、SNSで疑問や口コミを調べる癖があった。結果「鶴レンタルサービス」は現実に存在しているらしいと知る。


『鶴の家事代行さん! 写真どうしても撮れない……』


 子持ちの母親のSNSにたどり着く。アップされていたのは、スタンプで顔を隠された子と、ぼんやりとした鶴の写真だった。撮影中、動いてしまったのか、鶴はぶれていた。

 スクロールしていけば、鶴レンタルサービスに関する「呟き」が更に出てくる。写真をアップしているものもあり、確かに鶴の姿が映っている――どれもぶれているが。


『鶴のお手伝いさん、タダだけど条件難しそうだったからやめたんだよね。検索したらめちゃくちゃいい感じらしくてめっちゃ羨ましいわ。在宅じゃなかったらなぁ』


 そんな投稿を見て、シゲオははっとする。机の上に置いたチラシを、改めて読む。


 ――レンタルされた鶴は、その間、家にずっといるとのこと。仕事時間は九時から十七時の間のみ。この時間帯、家は鶴だけの状態にしなくてはならない。鶴に仕事をさせるには、一羽だけにしなければいけないようだ。

 どんな仕事をしているか気になるかもしれないが、見てはいけないとのこと。気が散ったり、邪魔になってしまうために……。


 ならば問題ないなと、シゲオは考える。こちらは社畜である。

 チラシにはほかにも、注意書きがある。無理に鶴を外に出そうとしないことや、大きなもの音で驚かさないことなど……。

 あとは、食材や道具の費用は鶴が持つため心配ないことや、基本的に「捨てていいもの」「捨ててはいけないもの」の区別はつくが、怪しいものは捨てずに置いておくことがあることなど、そういったことが書いてあった。

 お試し無料レンタルは七日間。七日が過ぎれば一羽で帰る。レンタル継続を希望の場合は、こちらへお電話を……。

 再びSNSで鶴について調べれば、小さな画面に表示された文字が、目に見える現実よりも現実だと訴えてくる。


「……うっま! なんだこれ……なんだこれ……」


 レンジで温めた食事を一口食べれば、思わず声が漏れてしまった。いままではずっとコンビニ弁当だったが、こんな食事は久しぶりで、思わず視界が歪んだ。

 部屋も綺麗になって、空気が清々しい。シゲオは久しぶりに長風呂をした。洗いたての寝間着に着替え寝室に向かえば、日光の匂いのするベッドが待っていて、また泣きそうになった。


「鶴最高かよ……」


 眠る鶴に、スマホのカメラを向ける。こうも奇跡のようなことが起きれば、写真を撮らずにはいられなかった。

 けれどもうまく撮れなかった。鶴は眠っているものの、手ぶれがひどいのか、どうしてもその姿はぶれてしまうのである。ぶれている、というよりも、もはやぐにゃりと歪んでいる。


 その日、シゲオは撮影を諦めて眠ることにした。明日も朝早い。夜遅くに帰宅して、朝早くに出勤する日々。満足な睡眠はいつもとれない。

 その夜については、睡眠時間こそまだ短いものの、ぐっすり熟睡できた。



 * * *



「鶴さんただいまぁ!」


 鶴をレンタルして六日目。シゲオの生活は、驚くほど満ちたものになっていた。

 社畜であるために、どうしても朝早く出勤し、夜遅くに帰宅することになる。それでも綺麗な部屋があり、食事が用意され、整えられたベッドがあることは、幸せそのものだった。

 これも全て、鶴のおかげである。シゲオの帰宅時間は、もう鶴の仕事時間外、つまり十七時以降だった。しかし鶴は、シゲオが帰ってくるまで起きて待っているらしかった。シゲオの姿を見れば眠り始める。朝も同じである。仕事の時間外、つまり九時前であるものの、鶴は起きている。昨日の夜に作られた朝食を、シゲオが食べるのを見守り、また汚れと汗の匂い一つ残していないシャツに袖を通すのを見守る。そして出勤を見送るのだ。


 シゲオは今晩も、鶴が作った食事を感謝しながら食べる。鶴を見れば、丸くなってはいるものの、目を開けていた。


「鶴さん聞いてよ、明日俺、でかい会議があるんだよね」


 食べながら、シゲオは話しかける。おいしい食事というのは、気分もあがるものである。


「ついこの前までは本当にクソだし嫌だなと思ってたんだけど……いまならなんとかできる気がするんだよね! 多分、部屋が綺麗になったし、飯もちゃんと食べてるし、風呂もちゃんと入れてよく眠れるから、そのお陰だと思うんだよ……つまり鶴さんのお陰! 明日で最終日なんて、困っちゃうよ~!」


 鶴の無料レンタルは、七日間。明日が最終日となってしまった。その間に得られた幸福は大きい。

 ――シゲオは考えていた。これから先、数ヶ月の間に何日か鶴をレンタルできたのなら、それはとてもいいことだろうと。

 ただ料金は安くはなかった。しかし、明日の会議で成功すれば、昇進に一歩近づける。その調子で給料が上がったのなら。

 食事をとりながら、シゲオは明日の書類を確認する。ここ最近で、一番の出来に思えた。


 その夜、シゲオはいつもよりも長めに風呂に入った。ベッドに入ったのは早めだった。

 そしていつもよりも早く起床する。しわ一つないスーツに身を包む。ネクタイもしっかり締める。

 まだ仕事の時間でない鶴は、いつもの場所、テレビの横でシゲオを見つめていた。そんな鶴に、シゲオは尋ねる。


「そうだ鶴さん……触ってみてもいい? 今日の会議……それで頑張れる気がしてさ」


 言葉は通じるのか、鶴は頷いた。鶴の背を撫でれば、思っていた以上に柔らかく、温かかった。


「それじゃあ鶴さん、行ってくるね! 鶴さんとは今日が最終日だけど……俺、会議を成功させて、また鶴さんを呼べるようにするから!」


 シゲオは勢いよく部屋を飛び出していった。

 テーブルの上に、書類を残したまま。

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