プロローグ3 12歳の誕生日

 汚い天井。ああ、戻ってきたんだここに。

 

 ヨゼフは思った。いつもよく見る天井。これはいつも通り、倒れたんだと。自分は魔法がほとんど使えなくて、体も弱いということを感じる毎日のルーティーン。

 窓の外を見ると日はすでに中天に差し掛かっている。朝の作業からお昼まで気絶していたのだろうか。

 ゴホッと咳が一つ。体が痛い。


「僕は出来損ないなんだ、役に立つ魔法が使えない。水を出すだけができるだけなんだ。そうだ、明日は僕の12歳の誕生日だったな」


 12歳の誕生日の前なのに、どうしていつも通りなのだろうか。涙がボロボロとこぼれそうになる。

 無力な自分。栄えある侯爵家の三男として生まれ、魔力だけはあるといわれていて、期待されていたのに、魔力だけしかなかった。何も使えなかった。

 使えるのは水が出せる生活魔法だけ。


 いやいや違う。今日はそんなことを考えたらいけないんだ。死んでしまったお母さんに申し訳が立たないのだ。だから、ヨゼフは不意に出てきた悔し涙をぬぐう。


 12歳。成人になるのは15歳だけど、ここまで僕は力が無いままでも生きてきて、みんなの助けをしてきたんだ。


 ちらりといつもよりも強い光の靄がヨゼフの近くに寄る。

 元気を出してといって、フワフワと飛んでくれる。


「ありがとう。暖かい。元気づけてくれるのかい。君、すごい綺麗だね。君は誰だい?」


 光の靄は答えられないのか、ふわふわと何か文字を書こうとするが、ヨゼフは疲れて、動きを追うことが出来ない。

 仕方なく、ヨゼフは粗末なベットの上で寝転がっていると、いつも自分の周りで飛び回っている光が多いのに気づく。先ほどの光と同じような光がさらに集まり、まぶしさも少し強い。


「眩しくない。あれ、こんなに強いのに、君たちは何で僕を……本当に心から、元気づけてくれているのか。ありがとう」


 光はただ、ゆらゆらとヨゼフの周りをふらふらと飛び回り、集まっては消えていく。


「ん? あれ? 集まっていく?」


 だが、今回だけは違う。光が集まっては凝縮されていく。それは人型の女の姿に。

 女はとてもきれいな鈴を転がすような声で答える。


『私は――――』


 バタンと立て付けの悪い納屋が勢いよく開かれた。


「ヨゼフ様! 大丈夫ですか!」

 黒髪のエルフ。モニカが桶に水を入れてやってきたのだ。


「どうしたんだい? そんなに慌てて。わわっ、抱かないで」

 12歳を迎える思春期の少年に、13歳程度の見た目の黒エルフの少女は刺激が強すぎる。

 だが、モニカは気にせず、言葉を続けた。


「それはわたくしの言葉です。先ほどからただならぬ気配を感じて。光も見えました。まるで、エルフの一族に伝わる古の精霊の気配のように思えたのです!」

「そんなのエルフの伝説みたいなものでしょ。エルフは魔法が使える種族で、君は――ごめん」

「いいえ。わたしが追放されたのは髪の黒い黒エルフだから。肌は白く、他の色であれば何かの魔法が使えるエルフ」

 

 エルフは髪の色で何かの属性の魔法が使える。でも、黒だけはすべてを飲み込む色で忌み嫌われ、魔法も使えない。

 だから奴隷として売られた。だけど、それをヨゼフが救った。

 彼女の呪いトカゲバジリスクの革の首輪がその証。


「こんな愛らしい身なりのヨゼフ様に引き取られて、とてもとても感謝しているのですから! どこかの変な貴族の奴隷の慰み者として売られようとしていたところをこんなお屋敷のメイドとして雇っていただいて、感謝しているのです!」


「ありがとう。本当に家族みたいに言ってくれるね。モニカは」

「そうです。わたしをお姉ちゃんだと思ってくれてもいいんですよ。13歳ですから」

 

 一筋の光が大暴れした。起動がめちゃくちゃで、モニカの周りを警戒しているように飛び回る。


『でも、あなたは貧乳! 姉力が低い! 姉は胸が大きい! あなたは妹なの! 駄目ッ!』


 光がものすごく暴れまわり、嫉妬しているようなニュアンスで酷い言葉を言っているようだ。

 だが、二人には何かよくわからない言語なのか、小さいのか。わけがわからない。


「駄目だよ。光さん。僕のメイドをいじめちゃ。コホッコホッ」

 ベットから起き上がったヨゼフは光を注意する。


「仕方ないですね。ジャコモ様からいただいたお薬を飲みましょう。これで楽になりますよ」

 モニカが粗末な瓶に入れられた黒い丸薬を一粒出す。


「あ、そうだ。口移しででもやりましょうか?」

「やややややめてよっ」

 頬を真っ赤にするヨゼフ。


「嘘ですよ。手を出してください。コップに水を入れますから、飲んでくださいね」


 光がまた荒ぶるように彼らの周りを飛び回る。

 だが、それはさきほどのようなものではなく、危険であることを警告するような激しい動き。

 ヨゼフは光を優しく両手で包んで、近くの机に載せる。

 大丈夫だよ、と小さくつぶやいて。

 ヨゼフは丸薬を飲んで、眠った。


「お姉ちゃん」

 ふと、彼女のような人を姉というのだろうとヨゼフは思う。


「フフフッ。お姉ちゃんですよ。だからお眠りください。ヨゼフ様」


 残った疲れがまだあって、すぐに眠気が来て、すっと、眠って、深く眠って。

 

――光のようなものがヨゼフの意識を刺激して、


「ヨゼフの馬鹿あああああああああああああああああああああ! お姉ちゃんはわたしいいいいいいいいいいいいい!」


 という聞いたことのない綺麗な長い金髪のお姉ちゃんの声を聞きながら、近くの森に放り出されたことに気付いた。

 

 ヨゼフの12歳の誕生日は外に投げ出されたときから始まった。

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