第14話

「寝てはいたんだけど、うとうとするだけでぐっすりできないみたいな感じ」

「ちょっと意外ね。夜は熟睡ってタイプかと思ったけど」


 寝る子は育つ、みたいな。

 洋子は自分がまだ一枚も持っていない種類の下着を空が身に着けるところを盗み見た。

 やっぱり牛乳とか沢山飲むといいんだろうか。って、あたし別に気にしてないし。そんなの迷信に決まってるし。


「わたしね、最近変なの。夜ちゃんと眠れないせいで朝になっても頭がぼうっとしてたり、体が重かったりして。それで昼間に倒れちゃったりとか」

「ふーん……って大変じゃない!」

 思わず聞き流してしまいそうになったが、なおざりにしていい話ではない。


「そんな体調なのに転校して寮住まい始めるってどういうこと? 何かよっぽど」

 のっぴきならない事情でもあったのか、と問おうとして躊躇する。親の急な転勤とかならともかく、もっと深刻な理由だったりしたら簡単には受け止められない。


「だからそれもあって、お母さんが万智子伯母さんに相談したら、環境を変えてみたらどうかって話になって。それに東京にいるよりこっちの方が安全だろうって」

「まあそうかもね。空気は綺麗だろうし、周りに何もないから静かだし」


 凛英は名門には違いないが、がちがちの進学校といった緊張感はなく、お嬢様学校らしい気取った雰囲気もない。よくいえばゆったりと和気藹々、悪くいえば締まりのない緩んだ校風だ。のんびり療養するには向いてるだろう。


「じゃあ良くなったらまた東京に戻っちゃうんだ」

 微妙に面白くなかった。この学校を愛しているとは言わないし、不満な点も多々あるが、洋子はここでの生活がさほど嫌いではない。初めからいなくなることが前提で来てほしくはなかった。制服のリボンの結び目を直しながら空が答える。


「たぶんだけど、わたしが残りたいって言えばいさせてくれると思う」

「あ、そうなんだ、ふうん」

 洋子は髪を整える振りで顔を逸らした。それはできれば凛英にいたいと思っているという解釈でいいんだろうか。


「そういえば空の前の学校ってどこなの」

「都女子学園だよ」

「みやじょ!? まじで!?」


 予想の三段上を行く名前だった。はっきりいって凛英とは格が違う。お嬢様学校の前に超の字が付く。偏差値でも女子校としては全国で五本の指に入るだろう。


「それ絶対戻った方がいいって……その、何か行きたくない理由とかあるなら別だけど」

 例えばいじめにあっていたとか。夜眠れなかったのもそれが原因で。たぶん違うだろうという気はしたが、案の定空は首を振った。


「また行けたらいいなとは思うけど、でも」

「でも?」

「洋子ちゃん達とももっと一緒にいたいな」

「がふっ」

 鋭い一撃が的確に洋子の急所を捉えた。


「わっ、どうしたの洋子ちゃん、風邪!?」

「へ、へーきへーき、ちょっと唾が喉に絡んだだけ」

 空咳をして呼吸を整え、どうにか気を落ち着けて顔を上げる。すぐそこに空がいた。


「あひょっ?」

 思わずのけぞる。

「危ない!」


 後ろに倒れ掛かったところを、空がしっかりと抱き留める。存外に強い手だ。支え切れずに二人縺れ合ったまま倒れ込むというような素敵展開、ではなく残念な結果にはならなかった。


「ありがと、空」

「どこも痛いところとかない?」

「う、うん」


 息が詰まる。これはこれでおいしい体勢、もとい困惑させられる状況だった。まるで王子様に庇われるお姫様にでもなった気分だ。


 だけどこんなのは駄目だ。洋子の頭の中で勝ち気なゴーストが囁く。転校したばかりで色々不安なのは空の方。だからあたしが空を守るんだ。いくら空の方が背が高くて他の部分も成長しちゃってたりしても、あたしにか弱い妹の役は似合わない。


 洋子は力を入れて体を突っ張る。空は洋子を支えたまま少し下がり、おかげでようやく重心が安定した。それでもまだ空の腕の中だ。

 もう大丈夫だから、離して。そう言おうとして。


「あたしも、もっと空と一緒にいたい」

 口が勝手に動いていた。ついでに空のことを抱き締めていた。やっぱり女の子って柔らかい。男の子と抱き合うのとはぜんぜん違う(そんな経験ないけど)。


 ゆうべの空の唇も柔らかかった。またしたいな。

 その気になればすぐだ。一秒で届く。

 空はどう思うだろう。驚くだろうか。呆れるかな。女の子どうしでキスなんて気持ち悪いって洋子のことを軽蔑してしまうかも。


 ううん、そんなことあるわけない。空ならきっと大丈夫。

 だって。ほら。

 洋子は空の瞳を直ぐに見つめた。空は少しだけ戸惑ったように、だけど瞳を逸らさず見つめ返す。


 空はもう、受け入れてくれている。

 洋子は目を閉じた。そうっと背伸びをして、二人の間にある距離をゼロに縮める。


「何してるの?」

 美緒!?

 洋子は咄嗟に空のことを突き飛ばした。


「違うの、これはあんたが考えてるような変なことじゃなくて!」

 言い訳にもなっていないようなことを叫び立てる。だが敵は一人ではなかった。

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