12. 番号喪失(つづき)

 おおよそスタイルが固まってくる。

 このやり口の何がいいかと言うと小説書くときに途中で投げ出しても罪悪感があんまりないこと。だって正式に出してるつもりがないから、ラフスケッチのようなものだから。そういう言い訳がたつ。

 まあ連載版のようなもので他にちゃんと小説としてまとめる時にはちょっと手を入れることになるだろう。流石にそれぐらいはしてくれるよね? と未来の自分に期待しておく。


 内容だけでなく文章自体も変化した。わかりやすいところで改行空行が増える。webなんて基本改行空行がある方が読みやすい。そっちに流れてるのはいい傾向。

 そこのところ理解してるのになんで時おり改行空行なしの読みにくいやつ書いてるの? 勢い重視とあとは読みにくいことで読まれないならそれでいいやと思ってるから。


 新形式の日記の方も安定してくる。

 安定してきたのだがそのおかげで短くまとまって、別段読み返しておもしろいところもなくなってきた。なんというか余計なことを書かなくしまったのだ。

 決して悪くはないことである。けれどもそうなってしまっては後でいい感じのところだけ抜き出して表に出すというようなことをする意味もなくなった。

 無理して投稿するもの増やしたいって気分でもないのでたいして困ったことにはなってないはずなのだけれど、予定が狂ったせいで精神のバランスが少しだけぶれる。


 そうだ、公園に行こう!

 動いていれば人間、何かしら思いつく。公園だ、公園に行けば何とかなるはずだ。

 公園とはつまり――なんなんだろう? 自由空間とでも言えばいいのか、番号の使い道が特にない場所で、番号を持つものも持たないものも雑多に混じり合う場所だ。

 さいわいなことに5分も歩かずすむところに大きめの公園があって、そこにはいつもどおりにだだっ広い空間にぽつんぽつんと暇そうにしてる人たちがいた。そしてまた僕も公園に入ってそのうちの1人になった。

 ベンチに座って空を流れる雲を眺めている老人がいる。その白い髭は整えられておらず伸び放題で、まるで仙人みたいだ。何かがぴんと来たので僕はその隣に座った。

 挨拶をすると仙人はもにょもにょと低い声でつぶやく。僕は単刀直入に切り出すことにした。

「番号が無効になったのですがどうすればいいですか」

「公園で暮らせ」

「そうではなくて番号が無効になったのは何かの手違いなので元に戻したいのです」

「せっかくなくしたのに酔狂なやつだな。市役所に行って手続きしろ」

「市役所に行くにも入るにも番号がないといけません」

「それなら偽造するしかない」

「どこで偽造できますか」

 声をひそめて仙人に尋ねる。その時になってはじめて仙人は僕の顔を見た。そうしてゆっくりと頭のてっぺんから足の先まで不躾にみわたすと、一人で勝手におおきくうなずいた。

「お前、犬と猫、どちらが好きだ」

「……犬ですけど」

「川の上流から何か流れてきた、いったいなんだ」

「えっと、桃?」

「血液型は」

「A型です。いったい何の質問なんですか、これ」

「気にするな、もう終わった」

 仙人はベンチ横に置いていた紙袋を引っ張ってくる。その中身をじゃらじゃらとかき回すと、1枚のカードをとり出し僕に手渡した。

 小さなカードには16桁の数字の羅列が刻印されていた。仙人の方はと言えば話は終わったとばかりに、僕を見るのをやめてまた空に視線を移している。

 もしかしてこれが偽造番号なのだろうか。いやしかしこんな簡単に手に入れられるものじゃないような気がする。もっと複雑な手順を踏んで場合によってはなんらかの代償を支払わなければならないような。

 けれども仙人に何かを聞いたところでこれ以上何も教えてはくれないこともわかっていた。多分すでに僕と彼とは完全に無関係な間柄になっている。

 端末をとり出して番号を入力してみた。有効な番号が確認されました、そんな文字が浮かび上がってあっさりと端末は起動する。これでいいのだがなんだかひどく拍子抜けだった。

 電車に乗れば市役所にはすぐ到着する。市役所に入るにはやはり番号が必要だったが問題なく通過できた。けれども入ったところで番号有効化の手続きをどこでやればいいのかわからなかった。

 しょうがないので受付の人に尋ねたところそんな手続きはないと言われた。あなたはもう有効な番号を持ってるのだからそんなものは必要ないじゃありませんか。

 端末にメッセージが届く。なんだかうまく状況を飲み込めないまま、また電車に乗って今度は会社に向かった。知らない会社。知らない同僚が僕にやあ今日は遅かったじゃないかと言ってくる。

 デスクについて僕は仕事を始める。何をすればいいのかはだいたいわかったから。仕事をしながら仕事が終わった後のことを考える。僕はきっと知らない家に帰るのだろう。そこには知らない家族が待っているかもしれない。

 あるいはもう僕は僕のこともよく知らない。

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