地球を守る

 〜東京都心のはるか上空、滞空するUFO内部にて〜


 ふたりの宇宙人が話をしている。

「それでは、低級文明保全計画プロジェクト、Tクラス対象文明『地球文明』の定例調査を始めます」

「モニタ出しまーす」

 空撮された東京都の様子がUFO内部に映し出される。たくましく繁茂するビル群が曇天の灰色によく似合っている。

 ところで、「映し出される」というのは地球の言語が描写できる概念の範囲内で最も近い表現であるにすぎず、実際に起きたことを正確に意味しているとは言いがたい。とにかく宇宙人が何らかの形で東京の様子を眺めていることが重要なのである。

 これと同様に、本稿で描写されるほとんどの事象は日本語にものにすぎないことに注意していただきたい。

「大気組成のスコア、前回より12ポイント低下」

「下がってますねー、心配だ〜」

「うん、次の項目、出して」

「はーい」

 後輩の軽口に対し、先輩はそっけない。仲はよさそう。


 X星の外交部門において、低級文明の保全は極めて地味な業務である。

 成熟の途上にある文明をそっと見守り、滅亡しそうならやむを得ず手を加える。

 保全活動には文明間の格差に配慮した種々の倫理規定が厳格に敷かれており、実際に介入が行われるケースは極めて少ない。結果、定時で帰れる部署として有名である。


 広大な星系を渡り歩いて精緻な交渉を行うような花形の部署からは遠く、ふたりが外交官を志した時点では低級文明など眼中に無かったはずである。

 むろん、ふたりとも今では誇りと責任感を持って地球文明を担当しているわけだが、部署替えのシーズンになるたびに淡い期待を抱かないわけではなかった。

 実際、惑星環境の調査などは無人探査機(X星の技術力からすれば非常に簡素なものでよい)を飛ばせば足りてしまうのであり、こうしてUFOで上空に乗り付けて実地調査の形を取るのは、形式上は低級文明の実態を肌感覚で捉える必要性うんぬんに応えたものだが、実質的には閑職の業務を嵩増しする側面が強いのであった。



 定例調査はすぐに終了した。

 後輩宇宙人は地球を背景に地球のアクスタ(アクリルスタンド)の写真を撮っている。先輩宇宙人は手慣れた様子で報告書をまとめると、ほんの気まぐれで言った。

「たまには個体レベルでの観察をしてみようか」

「不審な動向でもありましたかー?」

「いや、単に興味で、気まぐれで。怒られるかな」

「倫理規定には引っかからないハズです。いち地球文明マニアとしては少し気が引けますけど」

「そういうとこ真面目だね」

 軽薄な印象があった後輩の意外な一面にちょっと驚く先輩。

「生活の様子を少し見てみるだけだって」

 と言って、モニタを再び点ける。都市全体を捉えていたカメラの視点が、ランダムに選ばれた地点へとズームしていく。


 長く関わっているうちに愛着が湧くのは、文明の保全活動においても同じことであるらしい。ふたりの同僚にも低級文明マニアがちらほらいるが、大した面白みもない地球文明に注目する者はほとんどいない。具体的には、謙虚さと可愛げがないのである。


 カメラはアパートの一室へと移動してズームを終了した。現代の日本の標準的な一人暮らしの様子と、居住者であろう個体が映し出された。

「こんな感じで住んでるんだ」

「いけないことしてる感じですねー」

「引き継ぎ資料で読んだ住環境からだいぶ変わっているなあ。もっと不衛生なイメージがあった」

 居住者は部屋をウロウロと歩き回り、机の上や棚を見回している。

「これは、何をしているんだろう」

「ウロウロしてますねー。あ。これ、これー、もしかして!すごい!これ『探しもの』ですよ!うわーこれが!すっごー!まさか見られるとは!」

 鼻息を荒くする後輩。先輩は『探しもの』にピンと来ておらず、少しだけ遅れて情報がデータベースから脳内へと読み出される。

「『探しもの』……、ああ、なるほど。地球人は記憶を拡張しないことに矜持や思い入れがあるんだっけ?」

「あー。それはまあ、おそらくですけど、単に計算資源の不足ですね」

 カメラが更にズームアップし、個体の口元に注目する。探しものの名前をぶつぶつと繰り返し呟いているようだ。口の動きと音声が解析され、翻訳システムを通して出力された。



〈リモコン……リモコン……〉



「リモコン?」

「マジ?」

「遠隔操作のデバイスを、失くす……?」

「うわぁ」

「いやこれ……ちょっと……どうしよう」

「あ〜」

「マジか、えぇ、そんなかぁ」

「……そっかぁ……」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

 いくばくかの静寂ののち、UFOは重々しく発信した。

 この沈黙を形容する言葉は、X星の辞書にも載っていなかった。

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