3-3.遠慮の無い後輩

 電車で出向先に向かっていると、ツグミがヨルに話しかけてきた。


「ヨルさんって恋人いるんですか?」


 ツグミは無口なヨルとは反対におしゃべりなようだ。

 開口一番にプライベートの質問と来た。しかも許可してもないのにもう名前呼びだ。

「業務中の私語は原則禁止だぞ」

 ツグミはヨルが注意しても全く意に介していない様子だ。


「上司との関係性を親密にして、仕事を円滑に進めるためにはプライベートな話も必要ですよぉ。それに、明確なルールとして定められてない不文律なんですから、律儀に守る必要なんてないです」


 などと言いながら才果製菓のCMのキャッチフレーズを口ずさんだ。

 さっき街頭のディスプレイで流れた影響だろう。


「ヨルさん無愛想で無口だろうし、みんなから嫌煙されているでしょう? きっとあんまり自分のことを話さないからですよ」

 痛いところをつかれたと思った。

 たしかにヨルは職場に馴染めていない。

 けれど後輩が入社してすぐ職場の雰囲気を見て、そこまで気づくとは思わなかった。優秀な経歴は伊達じゃないらしい。


 ヨルは「はあ」とため息をつき、ツグミと距離を取ることを諦めた。

「恋人はいないよ。仕事で手一杯」


 それは半分本当で、半分嘘だった。

 仕事は今まで就いたことのなかった人工知能の分野なので覚えることばかりで忙しい。

 さらに後輩の指導まで入ることになったのだ。これからもっと忙しくなるのだろう。

 隠したもう半分の嘘は、頭から離れない存在があるからだ。

 存在。というほど確かなものではないが、頭の片隅に朧げに残っている気がしている。


 大切だったかもしれない、どこの誰かもわからない、そんな感覚。


「恋人いそうなのになあ。顔だって格好いいし。……まあ、ちょっと無口で無愛想でずっと仏頂面だけど」

「仏頂面は余計だろ」

「先輩おもしろい。無口で無愛想は否定しないんだ」

「失礼じゃないか?」

「本当のこと言っただけです」

 ヨルがため息を飲み込んだと同時、電車が最寄り駅に着いた。

「さっさと行くぞ。覚えることは山ほどあるんだから覚悟しとけよ」

 入社初日にしてはあまりにフレンドリーすぎる後輩だと思ったが、嫌な気持ちにならないのはツグミの振り撒く愛らしさのおかげだろうか。

「はあい」

 そんな間延びした返事ですら可愛らしいと思ってしまうほどだ。


 話題がなくなると途端に2人の間は沈黙になるが、ツグミは特に気にした様子はなく、駅のホームからの景色を見ていた。

 目が物珍しげにあっちこっちに移っているから最近上京してきたようだ。


「ちょっと出向先着く前にコーヒー買いに寄っていいか?」

「いいですよ」

 ヨルは何故だか無性にコーヒーが飲みたくなった。朝飲んだばかりなのに。


 改札を出て、サードウェーブコーヒーのチェーン店に入ると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

 ヨルはブレンドコーヒー。ツグミはゴテゴテのフラペチーノを頼んだ。

 お金はもちろんヨルが払った。ツグミは律儀に一度断ってから丁寧にお礼を言って受け取った。

 どうしてフラペチーノなのか理由を聞いたら、「可愛いし甘くて美味しくて元気が出るから」だそうだ。

「でもでも甘党じゃないんですよ?」

 言い訳をするツグミ。


「これでも普段はブラックで飲んだりしてるんですから」

「……」

 ヨルは黙ってじっと見つめる。

 するとツグミは「ちょっとだけ嘘でした。あはは」と、あっさりと答えた。

「白状するの早いな」

「素直が取り柄なので。普段はカフェラテです。ブラックは苦手」

 そう言って、ツグミはゴテゴテのフラペチーノをちゅうちゅう飲み始めた。

 

 ・・・

 

 ようやくツグミの挨拶回りを終えたころには、お昼過ぎになっていた。

 ツグミの愛嬌のおかげか、すぐに出向先の職員たちと打ち解けていた。

 囲まれていたという表現の方が適切かもしれない。むさ苦しく集まる男どもは、アイドルのファンのようにも見え、ヨルは若干引いた。


 そんな調子で、挨拶回りはつつがなく終わった。

 資料を交えた口頭での説明でも、ツグミはポイントを的確に理解し、今構築しているシステムの全容を一度聞いただけで覚えてしまった。


「これで今日伝えておくべきことは一通り話し終わったけど、どう? 不明点とかある?」

「全くないので気にしないでください」

「午後からも張り切って頑張りますようっ!」

 ツグミはガッツポーズ。

 その時、くうと可愛らしくお腹の鳴る音が聞こえた。


「あ」

「……飯、行くか」

「はあい……」

 ツグミは頬を膨らませ、少し拗ねた様子だった。

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