deus ex māchinā

ハヤシダノリカズ

デウス・エクス・マーキナー

「第1番は巻物だった。聖ユドラが言ったとされる法話が書かれていたよ。また、例えば、第6番は石碑だった。湖の底に沈んだその石碑には、人が生きる中で必ず遭遇してしまう悲しみや苦しみへ、どう向き合うべきなのか。そんな事が書いてあった」

 獣のようなニオイを発している目の前の男は滔々と喋っている。そんな事よりオレが聞きたいのは目の前の男の前回の入浴と洗濯が何週間前だったかなのだが。

「1番から12番までは全て見つけた。全てこの目で見てきて、全てこの頭の中に記憶している。そして、いよいよ最後の第13番聖典を残すのみとなった。その第13番聖典にオレが至る為の情報をあなたは持っている。オレはそう確信している」

「ハイハイ。分かった分かった。とりあえずは風呂に入れ。しょうがないからその服も洗ってやるし、今晩着る寝間着くらいは貸してやる。ま、前金も貰っちまってることだし、それくらいはしてやるが、本当に行くのか?忘れ路わすれじの森へ」

「あぁ。その森の中に忘れられた城があるとオレは確信している。そして、そこにこそ第13番聖典がある。間違いない」

「忘れ路の森に城があるだなんて聞いた事もないが、ま、森で迷子にならないようにするくらいはできるだろう。受け取った金の分くらいの働きはするさ。だから、さっさと風呂に入れ」

「ん?そんなにくさいか?」

 オレに妙な依頼をしてきた目の前の旅人は、人懐っこい笑顔を見せながらそう言った。


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「それで、その13番目で最後なんだな?」

「あぁ。間違いない。オレが見つけて来た第12番聖典までの内容を統合し、そこから推察するに、忘れられた城にある第13番聖典こそが最後の一つで、そこには世界を幸せに導く真理が詰まっている……ハズなんだ」

「へぇ。世界を幸せに、ねぇ」そう言いながら、オレは鉈で枝を払いながら先導して道を作ってやっている。

「この辺りには川は流れているのか? また、森の中に切り立った断崖があったりしないか?」

「ほぉ、良く知っているな。炭作りと猟が仕事のオレだ。川についてはよく知ってるが、断崖は『あの辺りにあったな』という程度しか、オレも知らねえぞ。ま、オレ以外の人間はそのどちらへも案内できないだろうが」

「その断崖の底の方へ案内できるか?」

「問題ない。あの辺りには普段は用事もないので近寄らないが、行き方は分かる」そう言って、オレは頭の中で、山歩き慣れしていない者にも易しいルートを探し始める。


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「おぉ!これが、忘れられた城か」旅人は興奮しながらオレの前に出て駆け寄っていく。まさか、断崖に小さく開いた穴に入って奥へ進んで行くと、その洞窟の奥に正に城としか言えない建造物があるだなんて、忘れ路の森で生きているオレもまるで知らなかった。

「ふぅ。やれやれ。無事依頼をこなせてよかったよ。ここがアンタの目的地でいいんだな?」オレはそう言いながら、近くにあった岩の上に腰を下ろす。

「あぁ!ありがとう。あなたのおかげでオレはここに到達できた! では、さっそく第13番聖典を探してくる! あなたはどうかゆっくりしておいてくれ」そう言うと旅人は城の方へ駆け出して行った。


『さて、時間がかかりそうなら、今夜はここでキャンプを張るとするか。洞窟内のここは、上部に開いた大穴のおかげで明るいが、日の傾き加減ですぐに暗くなりそうだ』などと考えていたら、旅人が興奮した面持ちで帰ってきた。

「まさか、まさかなんだぜ?信じられるか?この城そのものが第13番聖典なんだ!くぅー、オレはついに辿り着いたんだ! これで、オレは世界を幸せに導ける!」

 旅人が言っている事の意味はよく分からなかったが、「そうか。それは良かったな」とオレは声をかけてやった。


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「ありがとうございました。おかげで伝説のキノコを見つける事ができました」そう言って旅人は帰って行った。なにかおかしい。あの旅人もオレもとても大事な事を忘れている気がする。が、それが何かは分からない。あの旅人も訳が分からないといった表情を浮かべたままだったし、釈然としないといった顔で帰って行った。

 んー、どうにも妙だ。そして、この感覚は初めてではない……。


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「まだ、やってんのかよ、ユドラ」

「あぁ。少しずつ、少しずつじゃ。今回のこの旅人で二十人目じゃ」ユドラと呼ばれた神ともう一人の神は話しだす。

「第13番聖典までコンプリートすれば世界の真理に到達できるだとか、人々を幸せにできるだとか、巨万の富を得られるとかそんなエサで釣れた者に何をさせたいんだか」

「いや、私が大切にしているのは、この炭焼きの猟師の男じゃ。この男は無欲な男での。今回も旅人からの僅かな対価を知り合いの子供の医療費に充てよった。この男のそういった行動の積み重ねこそが世界を平和にするのじゃ。13の聖典はその為にある」

「まわりくどいな」

「世界とはまわりくどいものじゃ」

 ユドラは笑みを浮かべそう言った。

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