第31話

「おやすみなさい」


 完全に抵抗する気力が消え失せ、眠りに落ちそうになったその瞬間、


 バキッという音が聞こえた。


「え!?!?」


 その音の発生源が今寝ているベッドだと気づいた俺は、慌ててベッドから跳ね起きた。


「あらら」


 ゆかりさんにベッドから離れてもらい、どこかにひびが入っていないかを確認したがどこかが壊れているということは一応なかった。


 が、このまま二人で一晩寝ていたたら普通に壊れていただろう。


「ベッドが安物すぎて二人で寝るには適してなかったみたいですね……」


 寝るうえで一番大事なのはベッドそのものではなくその上に乗っかる寝具だと考えた当時の俺はベッドのレベルを最低限にまで落とし、その分浮いたお金でとにかく良い寝具を買っていたのだ。


 それでもある程度は丈夫だろうと踏んでいたが、まさか二人が固まって寝るだけで壊れかけるレベルだとは思っていなかった。


 流石に1万円以下のベッドには無理があったか。


 二人の体重に加えて割と重いタイプのマットレスだものな。


「それなら仕方ないね。いくらリラックスできてもベッドが壊れちゃ意味ないもんね」


「そうですね」


「じゃあ私は部屋に戻るね。おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 ただそのお陰で添い寝で一晩を明かすという最悪の事態は避けられた。



「ふう……」


 疲れは取れたけどどっと疲れた。そんな不思議な感覚があった。


「……買い物行ってから寝よう」


 俺は明日の朝食分の食材を買いに行ってから就寝した。





「おはよう、渚。ご飯できたよ」


「おはよう、涼香」


 そして翌朝、いつものようにゆかりさんに朝食を作って後片付けを済ませた後就寝していた俺は同級生の姉である涼香に起こされた。


「……ねえ、昨日は何があったの?」


「昨日とは?」


 いつも通り眠そうなフリをして起き上がると、涼香に突然そんなことを言われた。


「ベッドから女の子のにおいがするよ?それもかなり上品そうな」


「え?」


「ごまかしても無駄だからね。長い髪がベッドに落ちている時点でごまかしはきかないからね」


 涼香はそう言って長い髪を取って見せてきた。


「別に何もないけど。もしかしてアレかな。京さんが勝手にベッドに入ったとかかな」


「京さんはこんな匂いじゃないから違う」


「ええ……」


 いくら姉は万能な人間だとしても、残り香で人を判別出来るもんなんですか……?


「別に渚くんが誰と何をしようと怒ることは無いけど、お姉ちゃんとしては知っておきたいよね」


「怒らないんだ」


「だって私はお姉ちゃんだからね」


 確かに涼香の表情をよく見ると怒っているというよりは何をしたのか心配とかそういう気持ちの方が強そうに見える。あまりにも立派な姉過ぎませんかね。


 でもなあ。土日にお姉さんたちに振り回されたことによる疲労をお隣に住む別のお姉さんに癒してもらい、最終的に添い寝したなんて正直に話したら流石に怒られると思う。


 だからそうだな……


「お隣にゆかりさんっていう大学生が居るんだけどね。勉強が忙しいからってたまに部屋を掃除してあげているんだよ」


「そうなんだ」


「で、昨日はそのお礼として耳掃除をしてあげようって言ってウチに来て実際にしてもらったんだ。でそこまでは良かったんだけど、実はゆかりさんは直前にお酒を飲んでいたらしくて耳かきが終わった瞬間俺のベッドで寝始めたんだ」


 というわけで耳かきをしたこととベッドで寝たこと以外は全て嘘をついたわけだがどうなるか。


「だから隣の部屋に運んだってこと?」


「そういうことだね」


「うーん……かなり怪しいけど否定する証拠は無いしなあ。まあいいや、とりあえず朝ごはん食べるよ」


「うん」


 良かった。涼香が俺の嘘を見抜けるタイプの人間じゃなくて。


 それから学校に着くまで涼香は何も言及することはなかった。


 そう、学校に着くまでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る