第30話

「そりゃあそうなんだろうけどASMRとは違って耳の中綺麗だね」


「あれは良い音を出すために汚れている風に作っていますからね」


「まあそうだよね」


「だからこそ気持ちいいんでしょうけどね」


「よく分かってるね。もしかして渚くんも聞いてる?」


「いや、聞いてませんね」


「そうなんだ。じゃあこういうのは知らなさそうだね」


「!?!?!?!?」


 ゆかりさんはそう言うと、突然俺の耳に向かってふうと息を吹きかけてきた。


「突然どうしたんですか!?!?」


「耳かき音声では定番の息吹きかけだよ。ASMRをやっている人の言い分的には耳についているものを飛ばすためなんだって」


「一応飛ぶとは思いますけど飛んだら駄目ですよね!?」


 周囲に耳についていたゴミを吹き飛ばすってことですよね。滅茶苦茶汚くなりません?


「うん、駄目だと思う」


「ですよね?」


「でも心地よかったでしょ?」


「はい」


 それはそれはもう。突然の事だったから驚いたけれど、思い返してみると最高でした。


「だよね。これがASMRだよ。後心配してそうなゴミに関しては飛ばないように全て綺麗に取ってからやってるから安心してね」


 これがASMR…… 末恐ろしい。本当にASMRという一大コンテンツを創り出してくれた誰かには感謝しなければ。


「配慮ありがとうございます」


「じゃあ反対側やるから頭上げてもらっても良いかな?」


 そのままゆかりさんに反対側の耳まで掃除してもらった。



「本当にありがとうございました」


「喜んでもらえているようで何よりだよ。じゃあ寝ようか」


「寝ようとは……?」


 ここはお別れの時間では?


「耳かきの次は添い寝だよ。ASMR界では常識だよ?」


「その常識いかれてませんか?」


 本当にヤバいものは除いてASMRは基本的に全年齢対象ですよね。添い寝はぎりぎりアウトじゃないですかね?


「でも実際に耳かき終わった後添い寝する人は居るんだよ」


「でもやめましょうか。付き合ってもない男女がやるべきことじゃありません。これは間違いがどうとかそういう以前の問題だと思います」


 本当は滅茶苦茶添い寝してほしいけれど、世間一般の倫理観で考えて許されないだろう。


「それは相手がマイクだから出来ることであってですね。実物の相手とはわけが違うんですよ」


 ゆかりさんは優れた頭脳の代償かそういう常識面が欠けている雰囲気があるのでこういう時にはしっかり言わなければならない。


 優れた弟は姉の将来もしっかり考えないとね。


「別に渚くんなら良いんじゃない?家族みたいなものだから」


「良くないです。そもそもこんな場面見たら京さんが何するか分かりませんよ?」


 重度のブラコンである京さんが俺とゆかりさんが付き合ってもないのに添い寝したって知ったら何をしてくるか想像できない。


 そもそもこの間俺が京さん専属の料理人になることすら全力で拒絶した人だぞ。


「大丈夫。その時は渚くんが京さんと添い寝してあげれば良いから。そうしたら完全に全てを忘れ去って満足して帰ってくれるから」


「確かにそうですけど……」


 ゆかりさんは一度しか会っていない筈なのにあの人の使い方を熟知していた。確かにそうだけどさ。ここは姉に免じて引いてくれる場面じゃないですか。


「というわけで、ベッドに行こうか」


 もはや避ける手段を失った俺はゆかりさんに誘われベッドに二人で入ることになってしまった。




「ほら、もう少し近づいて」


 それでもせめてもの抵抗としてゆかりさんから距離を取ろうとしたのだが、距離を詰められてしまった。


「あの……」


「大丈夫。ただリラックスすれば良いんだよ。ほら」


 そしてゆかりさんは俺の顔を胸で包んできた。ゆかりさんの大きな胸の感触が顔を覆う。



「えっと……」


「聞こえるかな、心音」


 どうやらゆかりさんは自身の心音を聞かせたかったらしい。


「はい……」


 そう言われたので耳に意識を向けてみると確かにゆかりさんの心音が聞こえてきた。


 何故だろうか。凄く安心する。



 するとゆかりさんから離れなきゃという気持ちがだんだんと薄れてきて、少しずつ眠くなってきた。

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