帰り道、モモに迫る驚異

「や~ったやった、やったった~! こんなに早く写真が売り切れたって知ったら、ライオもびっくりするだろうな~!」


 銅貨がぎっしりと詰まった袋を手に、上機嫌で帰り道を行くモモ。

 足取りは軽く、満面の笑みを浮かべながら独り言を呟く彼女は、本日の売り上げに満足しか感じていない。


 百枚ほど用意した写真が、瞬く間に売り切れ。色々と理由はあるだろうが、滑り出しとしては順調そのものだ。

 写真一枚で銅貨が三枚。それが百枚分ということは、本日の売り上げは銅貨三百枚。

 ライオに教えてもらった感じ、そこまでの大金というわけではないが決して少ない額というわけでもない。


 家賃にはならないだろうが、ここ数日の食費や服の代金はこれで賄えるだろう。

 この調子で写真が売れ続けさえすれば、あっという間に独立できるかもしれない。


 ライオの家を出ていかなければならないことは残念だが……修道士である彼が女性である自分と同居し続けるというのは、相当な問題になることのようだ。

 そう考えれば、これ以上彼に必要以上のリスクを背負わせ、迷惑をかけ続けるわけにもいかないだろう。


(でも、私の写真がこんなに売れたのは、ライオがいい写真を撮ってくれたからだよね。そりゃあ、正真正銘のプロからすればまだまだなんだろうけどさ……私は好きだな、ライオの写真)


 女性慣れしておらず、カメラの扱い方も当然知るはずのない彼が撮影してくれた写真には、モモの魅力がふんだんに詰まっていた。

 客たちがこぞって写真を買ってくれた理由は被写体のモモが魅力的だったという部分が大きいのだろうが、その魅力を更に引き出してくれたライオの腕も軽視してはならない。


 まだ何も知らないモモのことを、もっとよく知りたい。だからまず、飾らない君の姿が見たい。

 そう言って、カメラを構えてくれたライオは、彼自身が見たかったモモの姿をファインダーにしっかりと捉えていた。


 と思った被写体の姿を捉え、その魅力を存分に引き出してくれたライオには、本当に感謝しかない。

 家を出たら、もう彼とのコンビは解散ということになってしまうのだが……彼以上のカメラマンは、そう簡単には見つからないだろう。


 でも、仕方がない。先ほども述べた通り、本来ライオは女性と深く関わることを禁じられている身の上だ。

 その禁を破ってまで自分と一緒にいてほしいだなんて、口が裂けても言うわけにはいかない。


(……でも、家を出るまではまだまだカメラマンやってもらうもんね! 新作も何種類か撮影して、今日の写真も合わせて店に並べて、それで――)


 そうやって、ライオの家を出た後のことを考えていたモモは、まだ気が早いと思い直し、次の写真販売について考えることにした。

 好評だった今日の写真は再販するとして、ファンになってくれた人たちの心を掴むような新作を用意しなければ、と考えていた彼女であったが、そこで背後から男の声が響く。


「よお、嬢ちゃん。ちょっといいか?」


「ほえ……?」


 明らかに自分を呼んでいる雰囲気のその声に振り向いたモモが目にしたのは、お世辞にも身綺麗とはいえない男の姿だった。

 髪は乱れ、髭も手入れされていない様子の男性は、どこか危険な雰囲気を放っている。


「あの、私に何か用ですか?」


「ひっひっひ……! あんた、珍品通りで面白いものを売ってたんだろう? 裸みたいな格好をした自分の絵、とかよ?」


「あ~……ごめんなさい! 今日はもう売り切れで、品物が残ってないんです! 次の機会に買ってくださいね! それじゃあ!!」


 嫌な予感がする……あの男は、明らかに自分と楽しくお喋りをするような感じには見えない。

 そう判断したモモは男との距離が離れている間に踵を返し、逃走しようとしたのだが……振り返ったところで、自分の前に立ち塞がる二人の男の姿を目にして、足を止めた。


「ケケケケケ……」


「ククククククク……!!」


 この男たちも、先の男と同じように危ない雰囲気を醸し出している。

 しかも、モモを見る目に明らかな嗜虐性が込められており、単純な性欲だけとは思えないその眼差しにたじろいだモモに向け、最初に声をかけてきた男が低い声で脅しを口にしてきた。


「……随分と売り上げが良かったみたいだな? その金、俺たちに寄越せ」


「きゃっ……!?」


 薄汚れた男が、懐から取り出したナイフをちらつかせる。

 彼らの目的が強盗だと理解したモモが恐怖に体を竦ませる中、男たちは舌なめずりをしながら彼女との距離を詰めていった。


「なあ? あんなエロい格好した自分の絵を売るくらいなんだ、恥ずかしい目に遭うのが好きなんだろう?」


「俺たち、見ての通り女には縁がなくってなあ……! 嬢ちゃんのせいで、我慢の限界なんだよ!」


「なあ、いいだろ? どうせ絵を描いた奴とはやることやってるんだろうし……俺たちの相手もしてくれよ、嬢ちゃん!!」


「い、いやっ! 来ないで……!!」


 血走った眼をモモへと向けながら、彼女へと近付いていく男たち。

 どうにか彼らの魔の手から逃れようとしたモモであったが、瞬く間に壁際まで追い込まれてしまう。


「堪んねえなあ、堪んねえよぉ! 乳も尻も、でっかくて柔らかそうだもんなぁ!!」


「こんな綺麗な肌をぐちゃぐちゃに汚せるだなんて、想像しただけで興奮が止まんねえぜ!」


「はあっ! はぁっ! はぁ……っ! 女、女ぁぁぁっ!!」


 狂った獣のように、理性を失っている男たちが涎を垂らしながらモモへと迫る。

 恐怖のあまり目を閉じ、顔を逸らしたモモへがもうだめだと思った、その時だった。

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