隣の部屋の彼女がアレなのかもしれない。

あまたろう

本編

 突然だが、僕は今人生初の彼女ができそうである。

 容姿は申し分ない。むしろ僕には分不相応と言ってもいい。

 ドラマのヒロイン役の女優さん……とまではいかずとも、2番手3番手ぐらいで出てきてもおかしくないぐらい、だと思っている。

 しかも見た目だけではなく、話しているだけで優しさが滲み出てくるような、心が落ち着くような雰囲気もある。これで今まで彼氏がいなかったというのが不思議なぐらいだが、勉強や習い事で忙しく、彼氏をつくろうという意欲がなかったというからそうなんだろうと思う。


 そんな彼女が僕の住むアパートの隣の部屋に引っ越してきたのがおよそ3か月前、僕が大学2回生に上がった時だった。

 彼女は大学進学を機に引っ越してきたとのことで、僕のひとつ下となる。

 近くにある大学といえば、僕が通う大学と全国的にも名前が知れている偏差値の高い女子大の2つなので、おそらく彼女は後者なんだろうなあと引っ越してきた当初から思っていたが、案の定そうだった。

 引っ越してきたときに母親らしき人といっしょに挨拶に来た時にはそこまで話すことはなかったが、そこで「悪い人には見えなかった」という彼女の母親のナイスフォローもあって、ゴミの日や近所のスーパー、おいしい定食屋など、そういう話を立ち話でするようになったのがきっかけで仲良くなった。

 受験で苦労したことや、大学では弓道部か合気道部に入ろうとしてどちらに入ろうか悩んでいること、大学に入る前から中学校高校とずっと女子校だったので男と話す機会がなく隣が僕で良かったという話など、女の子と話す免疫がない僕でもポジティブに受け取っていいであろう内容の話にウキウキしてしまい、まんまと僕は毎日彼女のことばかりを考えて過ごすようになった。

 さすがにまだお互いの部屋を行き来する勇気はなかったが、3回ほど一緒にランチを食べに行ったところで、そろそろ告白をしたいな、と考えていた時にそれは起こった。


 大学に行くために家を出た時、彼女の部屋のドアが勢いよく開いたのだが、僕は出てきた人物を見て腰が抜けるほど驚いた。

 全身を覆う黄色いスーツとヘルメット……というよりも、どう見ても悪の組織と戦う正義の5人ヒーローの姿にしか見えないその人物は、部屋のカギを取り出し律儀に閉めた後、そのカギを腰についている、どう見ても拳銃が入っていると思しき形のケースに収納して

 「あ、こんにちは」

 と言って走り去っていった。


 ……。


 ……。


 ……ちょっと待て、一旦落ち着こう。

 僕はアパートの廊下に座り込んだまま数分、魂の抜けたようなアホな顔をしていたに違いない。

 ……えっと、ちょっと大学の授業は遅れていくことにしよう。

 大学の友達に遅れていく旨の連絡を入れ、僕は一旦自分の部屋に戻った。


 さて、考えよう。

 もはや疑う余地もないが、さっき見た黄色いスーツの人物は彼女ということで間違いないであろう。

 背格好も、今まで見てきた彼女に近いものであったし、くっきり見えたスーツに覆われた身体のラインもおそらく彼女に近い……というよりも、彼女のそれであっただろうと思う。

 ……いや、彼女の体を直に見たわけではないけれども。見たいけれども。

 何よりあの声は彼女そのものであったし、部屋のカギについていたキーホルダー、というかそもそも部屋のカギを閉めていたことで明らかである。

 そりゃあ外で変身したら目立つから、出動するときは部屋の中とか公衆トイレとかで変身するのが身バレという意味では安全なんだろうか。

 そういう意味では、国民総カメラマンと言われる現代で身バレせずに正義のヒーローをしていくことは窮屈だな、と思う。

 だがその場合、家から出るところを見られたら一巻の終わりだし、挨拶したら余計まずいのではないか……と思ったが、それでも彼女の礼儀正しい性格からするととっさに挨拶が出てしまったと考えるのが自然だ。

 そしてそう考えるとニヤニヤしてしまう。これが萌えというものなのか。


 ……話を戻そう。

 正直、次に会ったときにどう話を切り出そうか悩む。

 そもそも、そんな彼女とうまくやっていけるのだろうかと少し悩む。

 彼女がもし本当に正義のヒーロー……もといヒロインなのだとしたら、僕の存在はマイナスにしかならない。

 敵に狙われたら終わりだし、そもそも身バレしたら身を隠さなければならないのではないか。

 いっそのこと、僕もその組織に入れてもらって体を鍛えるか。

 ……というか、それ以前に僕の運動神経は平均的なそれよりも低いと思われるので、そもそも普通に鍛えたほうがいいのではないか。

 そういえば、彼女はその容姿に似合わないデカい腕時計らしきものをつけていたな、と思い出す。

 マナーモードにはできない理由があるようで、ランチを食べているときもそこに連絡が入ると血相を変えて店の外に飛び出していたっけ。

 その時はそうではなかったが、緊急出動の場合は最優先で向かうのだろうな、夢の国とかで2時間3時間待った時に直前で出動命令が来た時とか、映画のクライマックスで腕時計が鳴ったりしても大変だな、と思う。


 ……いやいやいや。

 ちょっと想像が脱線した。

 とにかく、次に会ったときにどう話を切り出そうか。

 彼女から話を切り出してくれないかな。そうすれば僕も話がしやすいのに。

 もしかして気づかれてないと思って流されるかな。

 もし何事もなかったかのように流されたらどう反応しようか。

 こちらも気づかなかったフリをするか?

 ……いや、それはあまりにも不自然すぎる。

 あの状況を冷静に考えるに、バレてないと思うのはいくら何でもムリがある。

 ……いや、だが彼女のことだから、天然でそう考えても不思議ではない。

 もしくは、触れないでおこうとする気持ちも理解できる。

 どっちだ。どっちが正解なのか。

 そもそも、次に会ったときに告白しようと思っていただけに、このややこしいタイミングでこんなややこしいことが起こることは想像もしていなかった。

 いや普通はしないだろう。というか普通ってなんだ。


 ……いかんいかん混乱している。

 とにかく、次に会った時が僕の人生の中でもトップクラスに重要な局面であることに間違いないな、と思った。


(おわり)

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