第6話「ペットの印」

「ただいま」

「おかえり~」


 ドアを開けると、陽菜ひなは待っていましたとでも言うかのように出迎えてくれた。


「どうお兄ちゃん、あかねちゃん飼うかどうか決まった?」

「あとで話すよ……」


 彼女たちの間に何らかの密約みつやくがあるのかと思うと、素直に報告することができない。

 ここですぐ飼うよと言ったらなにか負けた気がする。


「まあ聞かなくてもわかってるけどね~」


 飼わないという選択肢が消えたことがうれしいのか、出かける前に比べ大分上機嫌になっていた。


「茜ちゃんもおかえり~」


 陽菜は彼女をでながら、なにか気が付いたかのように小さくつぶやいた。


「あ、キスマーク」


 反射的に振り返ると、茜は首元を手でおおっている。

 ただ、キスマークを付けた記憶はない、はずだ……。

 なにかの際に間違えてつけたのだろうか。

 覆われている首元を観察すればいい話なのだが、陽菜のいる手前そんなことはできない。

 背中に一筋の嫌な汗を感じていると、陽菜は言った。


「どうしたの二人とも、そんな慌てて?」

「いや……、なんでもない」

「そっか~、ならいいんだけど」


 そう言うと、茜の腹に拳をぐりぐりと当てながら続けた。

 聞かせるためなのか、さっきよりも少し声が大きくなった気がする。


「そんな簡単に発情するから獣とか言われちゃうんだよ、茜ちゃん」

「ごめん、なさい」


 ううっ……、という苦しそうな声と共に、申し訳なさそうにそう返事をする。

 痛みのせいか、その場にうずくまるのを満足そうに見下ろすと、何事もなかったかのように話しかけてきた。


「じゃあ、ご飯食べよう、お兄ちゃん」

「あ、ああ……」


 陽菜がリビングに消えて行ったのを確認すると、急いでけ寄った。


「なあ茜、大丈夫?」


 彼女は俺の腕を掴み引き寄せる。

 陽菜にばれないためだろう、耳元でそっとささやいた。


「ねえキスマークつけてよ」

「あかね?」

「バレたなら隠す必要なくない? 達也の飼い猫って印つけて」


 そう言いながら茜は自身のえりを引っ張り、鎖骨さこつ露出ろしゅつさせた。

 つけていいのか。

 あれはかまをかけただけでほんとは何も知らないんじゃないか。

 などと考えていると痺れを切らしたのか再度耳元で囁いた。


「そんな躊躇ちゅうちょするなら私が付けようか?」


 茜の前ということで油断していたせいだろうか、彼女がしなだれかかると、一気に倒されてしまった。


「選んでよ、私につける? それとも私がつける?」


 馬乗りの状態で見下ろす彼女は、本当に獲物を狙う獣のように見えた。

 恍惚こうこつな表情を見下ろす茜を引き寄せると、躊躇ためらうことなく彼女の首にキスをした。


 首筋に吸い付くと、満足そうに吐息を漏らす。


「やっとつけてくれたね……」


 彼女の首筋を見ると、ゆっくりと赤い内出血の跡が上がってくる。


「つけてくれてありがとう」


 そう言うとそっと唇を合わせてきた。

 同時に陽菜が呼ぶ声が聞こえる。


「お兄ちゃん、ご飯冷めちゃうよ」

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