第13話 チョコレートを知ってもらおう

 とりあえず初日は無事に終わった。一息ついた私は明日の仕込みをするべく厨房に立って掃除をしているノエルに声をかける。



「ねえ、ノエル……このお店って貴族以外は入りずらいかしら?」

「うーん、そうですねえ……やはりユグドラシル家の紋章がありますし、こういうオシャレなお菓子を扱うお店って、貴族じゃないと入りにくいんではないでしょうか? 平民は珍しいものに一食分を払う余裕もないですし……」

「うーん、そうなのね……」



 彼女の言葉に私は眉をひそめる。確かに平民は貴族が出入りしているような店には気後れしてしまうかもしれない……前世でオシャレなカフェには男性だけでは入れないみたいな感じなのだろう。

 そして、もう一つの問題は、中々新しいものに手を出そうという気が無いという事である。この世界ではランチより高くつくくらいお菓子はちょっと高価で手を出しにくい。よっぽどお菓子好きでもない限り、平民は買わないというのも納得だ。

 私としてはこの世界にチョコレートが広まってほしいし、みんなに味わって欲しいのだ。何か対策を考えないといけないわね。



「前も見ていましたが、これがチョコレートになるのが不思議ですね。テンパリングでしたっけ?」


 

 椅子の片づけなど力仕事を終えて戻ってきたジュデッカはチョコレートを作っている私の手を興味深そうに見つめる。



「そうです。チョコレートの温度を調整するんですよ。この工程でチョコレートの質が決まると言っても過言ではありません。ジュデッカは氷魔法を使えるから、慣れたら私よりもも上手になるかもしれませんね」

「私にチョコレート作りがむいている……ですか……」



 もちろん、これはお世辞ではない。そして、ジュデッカの氷魔法は前世には存在しなかったスキルだ。彼の様に魔法やこの世界の特有の能力を持っている一にもチョコレート作りが広まれば、私では考えもつかなかった未知のチョコレートが味わえるかもしれないのだ。



「よかったら、ちょっと練習してみますか? 材料には余裕はあるので安心してください」

「本当ですか!! 是非ともやらせてください」



 ジュデッカが本当に嬉しそうに声をあげてうでを捲し上げる。流石は騎士というだけあって細そうに見えてもどこか力強い。細マッチョって言うのかしらね……

 そうして、試行錯誤しつつもジュデッカ最初のチョコレートが出来上がり、私達で美味しく食すことにする。



「やはり、リンネのようにうまくはいかないですね……」



 ざらざらの食感と味に色々とブレがあるチョコレートを口にしたジュデッカが大きくため息をつく。



「誰でも最初はそうですよ、私だって最初はひどいもんでしたから……」

「え、リンネは最初から美味しそうなチョコレートをつくっていたように見えましたが……」

「あはははは、実は色々と失敗しているんですよ」


 

 私の慰めの言葉にジュデッカが怪訝な顔をする。ああ、大きな失敗をしたのは前世の話だった。あの時は焦がしちゃって、苦いチョコレートを泣きながら食べたのよね。



「ですが、こうして自分が作ったものを食べると言うのはいいですね……私もいつかリンネの様に誰かを笑顔にすることができるでしょうか?」

「ええ、ジュデッカならきっとできますよ。だって、今も一生懸命にチョコレートを作ってくれて私やノエルを笑顔にしてくれてるじゃないですか」

「……ありがとうございます。そう言ってくださるだけで嬉しいです」



 そう、彼はいつの日かアリスと結ばれるのだ。その時の彼女は満面の笑みを浮かべていたはず。だから大丈夫よと私が答えると、彼は少し顔を赤くして頷いた。





 チョコレートづくりの朝は早い。早朝に来た私は欠伸をこらえながらも、冷やしておいたチョコレートを型からとる

 これからお店という事でノエルにも手伝ってもらう。数が多い事もあり、いくつか失敗してしまったので休憩をするときにでも食べようかしら……ちなみにジュデッカにも手伝ってもらったのだが、彼の場合壊したチョコレートの方が多かったので今は窓掃除をやってもらっている。意外と不器用なようだ。

 ひと段落して、私が体を伸ばしているとノエルが紅茶をいれてくれる。



「お疲れ様です、リンネ様」

「ありがとう……良かったらこれ食べていいわよ。流石にこの状態じゃあ商品としては出せないから」



 チョコレートのかけらを口にすると幸せが広がる。私にならってノエルもチョコレートを食べて、にへらと幸せそうな笑みを浮かべる。



「うーん、これも美味しんですけどねぇ……料理は形や雰囲気も大事ですからね……」

 


 メイドなだけあって説得力のある言葉である。おしゃれな所で食べたり、大切な人と食べると不思議と美味しいものだ。それに、お祭りの屋台の焼きそばとかも美味しいわよね。あとは子供の頃にスーパーで食べた試食とかも美味しかったなぁ……。パートのおばちゃんがくれたのは不思議と家でたべるよりもおいしかった。



「あ……このチョコレートの使い道がわかったかも」



 きょとんとしたノエルに私は得意げな笑みを浮かべる。




「こんにちはー、チョコレートの試食はいかがですかー?」

「甘くて……おいしいですよ」



 お店は午後から開ける予定なので、ノエルに店番を任せて、私とジュデッカは人通りの多い道で通行人たちに声をかけていた。

 まずは知名度アップのための宣伝である。流石に製品を渡すわけにはいかないが崩れたチョコレートを食べてもらい、興味を持ってもらおうという作戦である。

 いきなり、未知のお菓子を食べてもらえるかとちょっと不安だったがその心配はなさそうだ。



「え? ジュデッカ様? いただきます」

「あ、この香り素敵……」

「あれはリンネ様……じゃあ、これってもしかして、噂のお菓子じゃ……」



 イケメンジュデッカと、チョコレートの香りが功を制しているからか、彼の周りに女性たちの人だかりができる。若い貴族令嬢は流行に敏感だ。これで口コミ効果が広まるだろう。

 そして、私はというと……



「こちらのチョコレートはいかがですか? 甘くてとっても美味しいですよ」

「でも、貴族様の食事なんでしょう? 私達はとても……」

「いえいえ、お値段はこれくらいですし、お持ち帰りもできるんで、お店に入らなくても大丈夫ですよ」



 騒ぐ貴族令嬢たちのおかげで興味をもった平民の人たちにも声をかける。しかし、彼らは貴族である自分に遠慮をしてしまっているのか、中々食べようとしてくれない。そればかりか私に声をかけられて緊張したようで固まってしまっている。



 前世とは身分の違いの重さがあまりに違うのね……誤算だったわ……



 どうしようと思っていると小さい足跡とともに、一人の少女がやってきた。



「ねえ、お姉ちゃん。これ食べていいの?」

「ええ、もちろんよ。すっごい美味しいんだから」

「わーい、ありがとう」



 身分などまだ関係ないとばかりにやってきた少女は、私にも臆さずにチョコレートを受け取ってくれて、そのまま口に含んで……



「お母さん、これすっごく美味しいよ。お母さんも食べてみて―」



 そう言って、満面の笑みを浮かべて母親におねだりする姿が可愛らしく私もつられて笑顔になった。



「こら、ちょっと!! すいません、この子はまだ物を知らなくて……」

「いえいえ、これは無料でお配りしているんで。奥さんもよかったらどうですか?」



 私と少女に促されて、お母さんはしばらく悩んでいたが、意を決して口に含むとパーッと目を輝かせた。



「すごい!! 香ばしい香りと共に、甘みと苦みが襲ってくる。これはまるで、飢饉の時に母がひそかにわけてくれたパンを食べた時の感動に匹敵します!!」



 てか、この世界の人本当に語彙力がすごいわね。そして、二人に感化されたのか周りの人々も恐る恐るだがチョコレートを口にすると笑顔が広がった。



 試食作戦は成功みたいね。



 私は予想以上の結果に満足そうにうなづいた。そうして試食分を配り終わった私たちは店にもどることにした。



「やっぱり人の笑顔を見ているといい気分になるわ。こっちも笑顔になっちゃう」

「そうですね……笑顔が素敵です」



 私が先ほどの人々の笑顔を思い出して微笑むと、なぜか、顔を真っ赤にしたジュデッカがうなづく。もしかしてさっきの中にタイプの子でもいたのかしら?

 そんな事を思いながら開店の準備をするのだった。

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