第11話 リンネの決意

 母と父のいちゃらぶ事件から数日、私はとある決意をもってして、父と母を呼んだ。結局いつ言い出そうかと悩んでいたこともあり結構時間がたってしまったのは許してほしい。

 以前までのぎこちなさはどこにいったのか、二人は一つのソファに仲良く一緒に座っている。私が向かいに座ると同時にノエルがチョコレートと紅茶を、運んでくる。



「お父様、お母様、本日は貴重な時間をありがとうございます」

「何を言っているのよ、大事な家族のあなたが相談があるっていってくれたんですもの、それよりも優先する事なんてないわよ」

「そうだとも。それに最近はロータスに仕事を引き継いでね、僕も結構時間が空いているんだよ」

「まあ、ロータス兄さまが……」



 すっかり柔らかい表情になった母と、父の言葉を聞いて心の中で長男であるロータスに謝る。仕事をおしつけられていたりしないわよね……



「それで……話って言うのはなんなのかな?」

「はい……私は賊に襲われて九死に一生を得た時から色々と考えていたんです。自分は何をしたいのかって……」

「ふむ……続けて」



 私の言葉に父の目が一瞬鋭く光る。いつもは温厚だが頭の回転は早い。今の短い言葉で私の意図を見抜いたのかもしれない。



「それで……以前のように貴族の令嬢としてとして生きて、いつの日か殿方と素敵な家庭を築くことも考えました。でも、それは他の人にもできると思うんです。気分転換にチョコレートを作って私は思ったんです。チョコレートを食べてくれたジュデッカやノエル、お父様、お母様のようにたくさんの人に笑顔を見て思ったんです。このチョコレートを他の人にも届けたいと、食べて笑顔になってほしいと!! 私はこのチョコレートをこの世界に広めたいんです。そのためにお店を開きたいんです!!」

「お店ですって……?」

「やはりそうきたか……」




 私の言葉に母が息を飲んで、父はやはりとばかりにうなづいた。かなり無茶なお願いだが、決して勝算がないわけではない。傷心だと思われている私に母はいつも以上に甘くなっている。現にゲームでは、ここで賊に襲われて怖い思いをしたことを理由に、自分を守ってくれる婚約者が欲しいと遠回しにジュデッカと婚約したいとお願いをするのだ。

 そして、それは賊の侵入を許してしまったコキュートス家は借りをかえすためにジュデッカが私の婚約者になるのである。

 もちろん、私はそんな事は望まない。その代わりにお店を開くのだ。チョコレートという素晴らしい食べ物をみんなにしってもらうために……そして、チョコレートが広まれば私も知らない未知のチョコレートを作ってくれる人があらわれるかもしれない。そんな野心も持ちながら……



「貴族令嬢としての生活よりも、ずっと大変な道なのよ、リンネ……」



 母が特に渋い顔をするが、これは想定内である。まあ、五大貴族の一員が料理……城の厨房ならばともかく、街でお店を開こうというのだ。

 だから、私は少しずるいが演技をする。私の手前にあるチョコレートを一つかじると唐辛子の辛さが涙腺を刺激する。



「はい、このチョコレートは素晴らしいものですからみんなに知ってほしいと思ったのと……この前の襲撃から城に行く事を考えるとすっかり怖くなってしまいました。騎士様に守っていただいてもまた賊が襲ってくるかと思うと震えるんです。だったらせめて……」

「リンネ……」



 そうして、私が涙ぐむと母もつられて辛そうな顔をする。ごめんなさい、お母様と心の中で謝る。これで最難関の母は納得してくれそうだ。あとは父だが、私に甘いから大丈夫だろうと思って視線を送ると、いつものように微笑んでいるが、なぜか瞳の奥にするどいものを感じて嫌な予感がした。



「なるほど……いい案だね。だけど、チョコレートの原料のカカオっていうやつはどうやって仕入れるんだい? 大陸から貿易していたらよほど高い値段じゃないと儲けが出ないだろう?」

「それはおじいさまが栽培したものを、植物魔法で育てて……」

「五大貴族の力は国を……国民を守るためのものだよ。それなのにユグドラシル家の魔法を金儲けのために使うと……?」



 私の言葉をかつてないほど強い口調で父が遮る。その様子に一瞬だけ気圧されるも私は自分の心を振るわせる。

 確かに美味しいチョコレートを食べたいという私欲もある。だけど、みんなにチョコレートを食べて幸せになってほしいと言うのも真実なのだ。



「確かにそう言われることもあるかもしれません。ですが国を守ると言うのは戦う事だけなのでしょうか? 民衆の笑顔を作り守る、それも大事な貴族の仕事ではないでしょうか?」



 私と父の視線が交差する。そして、5秒ほどたったころだろうか、彼はふっと笑う。



「ごめんごめん、お店を経営するっていうのは、大変な事だからね。リンネの覚悟を見たかったんだよ。そんな事だろうと思って、いくつか候補を選んでおいたよ。あとは君だけでは大変だろうからノエルにも話は通してある。頑張ってね」

「お父様……」


 

 父の圧力が消えて緊張から解放される。どうやら試されていたようだ。ほっと一息つきつつ、父から渡された資料を見て、今度は本当に涙ぐむ。その紙には店舗の候補がリストアップされており、それぞれの利点や欠点などが分かりやすく書いてあった。私の様子を見て準備をしてくれていたのだろう。その優しさが心に染みる。



「まだ喜ぶのは早いよ、お店を経営するには二つだけ条件を出させてもらう」

「条件ですか……」



 父の言葉に私は再び身体を固くする。だけど、そんなに警戒するんじゃないとばかりに優しく微笑んだ。



「一つは最初のお客として僕とイキシアを招待する事。これはぜったいに譲れない」

「お父様……」

「そしてもう一つは……」



 私が感動していると、父はなぜか机の上にのせてあった呼びだしようの鈴を鳴らす。綺麗な音色がした少し後に、扉が開くと予想外の人物が入ってきた。



「彼を護衛として雇う事。さっきも言ったように、五大貴族の魔法を使って栽培したものを使ったら、変な言いがかりをつけてくる人間がいるかもしれないし、僕らユグドラシル家に恨みを持っている人間が何かするかもしれない。そんなやつらから君を守るための護衛さ。顔見知りにジュデッカ君ならリンネも安心だろう。だって、お見舞いに来てくれたりと親密みたいだしね」

「ジュデッカ=コキュートスです。このたびはお嬢様の護衛に任命されました。よろしくお願いします」



 これは……と思い父を見るとさきほどまでの真剣な様子はどこにいったやらにやにやと笑っている。「まるで、君の想い人と仲良くする機会をつくってあげたよ」とばかりに……



 もう、確かに友人にはなったけど、彼にはアリスと結ばれてほしいのに……



 私は内心叫びたいのを抑えながら頭を抱えるのだった。そんな私とは反対にジュデッカは照れくさそうに笑みを浮かべていた。

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