第10話 父と母

「それで……お茶会とは聞いていたけど、なんでこの人がいるのかしら? お仕事が忙しんじゃないんですか?」



 ここはユグドラシル家の応接間の一つであり、普段は客人を招くときに使う場所だ。そこに私は元気になったので久々に母とお茶を飲みたいと招待したのである。

 そんな母が冷たい目で睨むように見つめているのはもちろん父である。父は一瞬私の方を見て、自分の手の中にあるものを見て、意を決したように母を見つめ返す。



「ああ、今日はどうしても家族で話したいことがあったからね、お休みをいただいたんだ」

「お話ですか……」



 いつもならばここで謝る父の言葉に母が眉をピクリとひそめる。少し悲しそうな色が瞳にうつったのは気のせいだろうか?

 そんな少し重い空気を破るようにノエルが入ってきた。グッジョブノエル!!



「皆さまお茶の準備ができましたよ。そして、今日はリンネ様たちが作ったお菓子もありますよ。リンネ様が作ったチョコレートというお菓子でとっても美味しいんですよ♪」

「まあ、リンネが……使用人たちの間で話題になっていたけどお父様の小屋でこれを作っていたのね。確かに見た目はあれだけど、良い香りね」



 お盆の上にポットと共にお皿に乗せられたチョコレートを見て、母が興味を持ったようだ。心なしか、少し表情が緩んだ気がする。



「どうぞ、食べてみてください。おじいさまの小屋に資料があったので作ってみたんです」

「へえ、お父様の……ではいただくわね」



 祖父の名を出したからか、私がつくったものだろうか母は目を輝いて口にする。そして、大きく目を見開いた。



「これは……口に入れると同時にわずかな苦みと共に砂糖の甘みがやってくる……しかも、その後にもう一つ……これはミルクね!! すごい、甘みと甘みがハーモニーを奏でているわ」

「流石ですね、お母様、これは通常のチョコレートの中に、ミルクを強めにしたものを二重にいれているんです」



 反応は嬉しいけど、この世界の人々は何でこんなに大げさなのだろう? だけど、だいぶ機嫌はよくなった。

 心配そうに母を見つめていた父と目が合ったので頷く。



 今がチャンスよ、頑張ってお父さま!!



 父が軽く咳払いをして母を見つめる。

 


「それで……大事な話があるんだ。聞いてくれるかな?」

「ええ……いつかされると思ったわ。私と離縁したいというのでしょう?」

「「「は?」」」



 母の言葉に父と私、ついでにノエルまでも信じられないとばかりに間の抜けた声を上げた。いや、何を言っているのよ、お母様!? これから父があなたに愛の告白をするはずなんですけど!!

 そんな私達の反応に気づかず母は、目を伏せながら言葉をつげる。



「あなたが私よりも仕事を愛しているのは薄々感じていました。それもそうよね、補佐をしていたあなたに一目惚れをした私に気を利かせたお父様が無理を言って結婚させたのでしょう? 父も亡くなり義理立てをする必要もなくなり、あなたは城での仕事も認められて、もう、ユグドラシル家の後ろ盾がやっていけるでしょう……」



 そう言って母は目に涙をたっぷりと溜め込んだ。瞳から溢れそうな涙といつもは強気な母の悲しそうな様子に私たちは言葉を失う。



「だけど……私はあなたの事が大好きなんです。だからいつもついうるさくは言って後悔ばかりしてました。でもね、今回の事だけはどうしても謝ってもらうまで許せなかった。娘は賊に襲われて怖い思いをしたのよ……私の事なら耐えれるわ、だけど、大切な娘のことなんですもの。それでも、私が嫌なら離縁するのは構いません、でも、娘や息子には変わらぬ愛を注いではもらえないでしょうか?」



 待って、待って、何なのよ、この空気。お母さまってこんなに追い詰められていたの? 予想外の出来事にパニックになっている私とノエル。

 そんな空気の中、いつの間にか父が母の傍に佇み、まるで、騎士が貴族の令嬢にするかのように、膝をついて、彼女の手を取った。



「あなた……?」

「すまない、イキシア……僕がきちんと言葉にしないせいでそんなにも追い詰めてしまっていたんだね……君は二つ勘違いしているよ。一つは君に一目惚れをした僕が義父様に頼み込んで紹介をしてもらったんだ。そして、もう一つはね、仕事を頑張っていたのは仕事が好きだからってものあるけど、君に認めてもらうためなんだよ!! ユグドラシル家の名に恥じぬように頑張ってきたつもりだったけど、肝心な人に僕の想いが伝わっていなかったようだ。だから、この場で言おう。イキシア、僕は君を心の底から愛していると!!」

「え、嘘でしょう……だって、私……」

「嘘なものか……その証拠というわけではないけど、これを受け取ってはくれないかな?」



 そう言いながら母の肩を抱いた父は手に持ってた箱を手渡す。母が恐る恐る開けるとそこには四本の薔薇と歪な形のチョコレートが丁寧に包装されている。



「花言葉は……変わらぬ愛ですね……」

「そう、そして、君が大好きな花だ。あと……これも食べてくれると嬉しい。リンネの様にはうまく作れなかったけど、君と仲直りをしたくて作ったんだ。ちなみにこのチョコレートを異性におくるということは永遠の愛を誓うという意味がするらしいよ」

「あなた……私……私……」



 父と母はお互いしか見えていない様子で甘ったるい顔をして見つめあっている。ようするにツンデレ母と、ちょっとヘタレな父はすれ違っていただけなのだろう。

 そして、二人は抱き合って、そのまま……



「お嬢様……なんというか私たちはお邪魔そうなので、出ましょう」

「そうね……」



 両親の濃厚なラブシーン(現在進行形)を見せつけられて、げんなりした私はノエルの言葉に大人しく従う。二人ったら私たちの事をわすれているわね……



「これは……弟さんか妹さんが増えるかもしれませんね」

「ごめん、今はそういう話はやめてくれるかしら……」



 ノエルの言葉に私はそう言えばチョコレートには媚薬みたいな効果もあるなっていうことを思い出しだして、さらにげんなりとする。

 そして、私は両親のチョコレートを食べた時の幸せそうな顔を思い出して一つの決心を固めるのだった。




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お父さんイケメンやな……

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