第8話 リンネの父

「あ、お嬢様……新作楽しみにしてます……」

「その時は私もお願いしますね!! 絶対ですよ」



 自室から祖父の小屋へと行く時にメイドたちとすれ違い雑談をかわす。あれから、数日が立った。ノエルと二人のメイドと親しくなったからだろうか、他のメイドたちもすれちがうと挨拶をしてくれるようになり、「チョコレートいる?」と聞いていくうちに親しくなっていったのだ。

 


 チョコレート最高♡ やはり、甘いものは人間関係の潤滑材である。



 おかげで、賊に襲われてショックで引きこもっていて、我儘嬢様ざまぁとか陰で言われていたのに、最近はチョコレート令嬢と呼ばれるようになったようだ。それもどうかと思うけど……



「やあ、リンネ。調子はすっかり良いみたいだね。お義父様の家でチョコレートとかいうのを作っているらしいね。楽しいかい?」

「お父様、お久しぶりです。ええ、最近はチョコレートの研究に夢中です。お父様もお元気そうで……はないですね」



 父は仕事で忙しい上に、私が祖父の家に籠っていることもあり久々に顔をあわせた。父が嬉しそうに笑顔で話しかけてくるのを見て、「なんだ、リンネってお父さんにも愛されているんじゃないの」などと思う。

 しかし、父はやたらとげっそりとしている。大丈夫だろうか?



「ははは、ちょっと色々あってね……リンネが怖い思いをして帰った時に迎えに行ってあげれなくてごめんよ」

「気にしないでください。お父様はこの国のために一生懸命と働いているのですから。お父様の頑張りで救わる人々もいるんです」



 ユグドラシル家は五大貴族であり、政治に関してもかなり重要なポストにいるのだ。だから、そんな偉い貴族の令嬢っぽいセリフを言って見たのだが、なぜか父は驚いたように目を見開いている。

 そして、なぜか半泣きで呻く。



「ああ、あの我儘ばかりだったリンネがこんなに立派な事を言うようになって……賊に襲われたことがきっかけで引きこもっているかと思いきや、植物に興味を持って色々と研究も始めたようだし……あの襲撃は君に五大貴族としての自覚をもたらしたようだね。神が与えた試練は人を成長させるというからね。これもご先祖様の加護かな。ふふ、ちょっと複雑だけど嬉しいよ」

「うふふ、ありがとうございます、お父様」



 まさか、襲撃されたショックで前世を思い出したんですとはいえず、笑ってごまかす。父も母と同様に私の無事を本当に祝ってくれているようだ。前世では父は病で早死にしていたこともあり、こういう風なやり取りは慣れないが悪い気持ちはしない。



「色々とチョコレートとやらの研究を頑張っているようだけど、力になれることがあったら言ってくれよ」

「お言葉は嬉しいのですが、個人的な事をやっているのでユグドラシル家の力をお借りするのは……」



 父の言葉に私は申し訳ない気持ちになる。ただでさえも魔道具などを借りたり使用人のノエルの時間をつかっているのだ。これがユグドラシル家のためならば問題はないのだが、私がチョコレートを食べたいという私欲である。

 だけど、そんな私の言葉を遮って父が頭を撫でてくる。不思議と嫌な気持ちはしない。



「いいんだよ。親って言うのは子供に我儘をいってもらうためにいるんだからね。それに僕のポケットマネーだってあるんだ。家のお金を使ったりしないから安心してね」

「ありがとうございます……その時はお力を貸しますね」



 父という存在が不慣れだが、なんともくすぐったくて……ちょっと嬉しい。そんな私を見守るように父が微笑む。



「しかも、あのリンネが何か植物の研究をするなんてね……ちょっとお義父さんに似てきたね」

「あなた、お仕事が忙しんじゃないんですか?」



 そんな暖かい雰囲気だったが、突如乱入してきた冷たい声によって終わりを告げる。なぜか睨むようにしている母だった。

 そんな母の視線を受けて父は気まずそうに顔を逸らす。



「ああ、ごめんよ、もう出かけなくちゃいけないんだった。じゃあ、リンネ、頑張るんだよ」



 そう言い残して逃げるように去っていく。そんな父から守るように母が私と父の間に割り込む。



「リンネも植物の研究も良いですが、そろそろ社交界に復帰の準備をしなくてはいけませんよ」

「あー、それは……あははは」


 

 私が笑ってごまかすと母は大きくため息をつく。小言は言うけど無理強いをするつもりはないのはありがたい。



「全く……あの人も、ちゃんと謝ってくれれば話を聞くのに……」



 母がそうぽつりと……少し寂しそうに父が出て行った扉を見つめつぶやくのがやけに耳に残った。





「ねえ、お父様とお母さまって仲が悪いのかしら?」



 ここは、祖父の小屋であり、私はたくさんのチョコレートの作成をしていた。ココアや砂糖の分量で、テンパリングの仕方などでチョコレートの味は変化する。

 前世とは道具も勝手も違う事もあり、わたしは植物魔法を使い、ココアの木を育てては採取、チョコ作成を繰り返して、色々と試行錯誤していた。

 おかげで家の中はチョコの匂いで充満している。最高ね!!



「そうですね……ん? これは苦い……以前からぎこちなかったところはありましたが、最近は特にひどいですね。元々当主様は婿養子でやってきたため奥様に頭が上がらないので中々意見を言わなかったのと、当主様のお仕事が忙しいので家にいることも少ないので衝突はなかったこともあり、なんだかんだうまくいっていたんです。あ、これは甘くて素敵です。ミルクが良い味を出してますね」



 私の試作したチョコをもぐもぐと食べて、感想を紙に書きながらノエルが答える。確かに玄関で会った時も母の方が家庭内での立場は高そうだったわね……

 ちなみにノエルが食べながらなのは仕事をさぼっているわけではない。すっかり口が馬鹿になり、鼻にはチョコレートの香りがずっとついている私の代わりに味見してもらい感想を教えてもらっているのである。



「じゃあ、一体何で……あ、まさか……」

「はい、その通りです。この前の襲撃でお嬢様が襲われた時にですね、奥様がお嬢様の安否を心配していて不安だったので、旦那様に傍にいて欲しいと伝令を飛ばしたんです。ですが、旦那様もお仕事がお忙しかったようで……」

「そういうことなのね……」



 ノエルの言葉に家に戻った時の事を思い出す。食事会は私と母ですましたが、用意された豪華な食事は三人分だった。母は、私の安否がわからなくて不安な時にも一緒にいてほしかっただろうし、無事に帰ってきたことへの喜びを一緒に祝い、家族の無事をみんなで喜びたかったのだろう。

 だから、あの時空席を見てあんな悲しい目をしていたのだ。



「お父様は……私やお母さまをどう思っているのかしら?」

「もちろん大事に想っていると思いますよ。お忙しいのに奥様やお嬢様の誕生日プレゼントは自分で選んでますし、きちんと仕事も休んで、皆を集めてパーティーをしていますから」

「そうよね……」



 玄関であった父は私が貴族令嬢らしからぬ趣味に目覚めたのに責める事もなく、楽しそうに話を聞いてくれていた。あの優しい顔が嘘だったとは思えない。

 そして、父を見つめる母の表情も決して嫌っているわけではない。むしろ何かを言って欲しそうで……

何かがすれ違っているだけ……そう思える。



「こういう時はどうすればいいのかしらね……」



 前世では父がいなかったこともあり、両親が喧嘩した時にどうすればいいかがわからない。自分が母や妹と喧嘩した時はどうだっただろうか?

 そういえば……母はこういう時にチョコレートを作ってくれていたものだ。チョコレートにはリラックス効果もあるというのを思い出し、気分転換に一つつまむと口内で幸せの味と香りが広がる。



 何とか二人にもチョコレートを食べさせれれば、二人の喧嘩の仲裁もできるのではないだろうか?



 そう思った時だった。ノックの音が聞こえ私とノエルは顔を見合わせる。屋敷の離れという事もあり、普段ここを訪れる人は試食品目当てのメイドくらいしかいない。ジュデッカの場合は事前に連絡をくれると言っていたし……そう油断していたのが悪かった。



「どうぞ。空いてるわよ。ちょうど新作ができた試食してくれるかしら」

「やあ、ここがリンネの秘密基地かな? お邪魔してもいいだろうか?」

「お父様!?」

「当主様!? ごほっ、ごほっ!!」



 予想外の訪問者に私とノエルは驚いた上にノエルはチョコレートをつまらせてしまったようだ。まあ、チョコレートは解けるから大丈夫でしょう。

 そして、扉を開けてやってきたのは果物の入った籠を持った父だった。

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