第6話 チョコレートの力

「本当にいいんですか? 言っては何ですがただのお菓子作りですよ。騎士様のやることでは……」

「はい、構いません。それに先ほどから漂うこの香り確かに美味しそうですね」

「でしょう!! 『チョコレート』は素敵なお菓子なんです!!」



 そんなやりとりをしたあと結局ジュデッカ様と一緒にチョコレートを作る事になってしまった。だってあんなに熱心に頼まれたら断れないじゃないの。

 決してカカオの匂いを褒められてうれしくてつい、オッケーしたなどという事は無い。それに……私以外の人間がチョコレートに興味を持ってくれたのが嬉しかったのだ。

 そんなこんなで、いざ、作業を始めようとするとさっそく、ジュデッカ様が不思議そうな顔をした。



「リンネ様……これは一体?」

「それは発酵したカカオ豆です。これがチョコレートの原材料になるのですよ」

「不思議ですね……果実ではなく豆を使うのですか……?」



 すっかり果肉がとりのぞかれ、発酵されたカカオ豆がざるの中に入っている。果実ではなく、豆を大事にしている私にジュデッカ様が不思議そうな顔をしている。ちなみに発酵にはこのように果肉を取り除くこと、カカオ豆の渋みや苦みを減少させ、チョコレートのまろやかな香りを引き出す効果があるのである。

 そして、私は発酵したカカオ豆を耐熱皿にいれて、オーブンと同じ効果をもつ魔道具に入れる。



「今度は何を……?」

「この豆をローストするんです。すると面白い事がおきますよ」

「これは……香ばしい……良い香りですね……」



 空けたオーブンの中からチョコレートの香りが匂ってくる。懐かしさと、嬉しさで再び泣きそうになるが気を引き締める。チョコレートを完成させるにはまだまだやることはある。

 そして、私はローストしたカカオ豆に触れて念じる。



「殻よ、剥けよ」



 その一言で、カカオ豆たちの殻がポンポン割れていく。植物魔法ってすごい……前世でカカオ豆からチョコレートを作った時は殻をむくのにすごい時間がかかったっていうのに……

 その様子を見ていたジュデッカ様が感心した用に声を上げる。



「流石ですね、リンネ様。植物魔法を料理のために使うとは……私にも何かお手伝いできることはありますか?」

「そうですね……では、殻と中身を振り分けていただけますか?」

「はい、お任せください!!」


 

 ジュデッカ様が嬉しそうに声を上げた。そして、めんどくさい作業だと言うのに文句も言わずに、手を動かす。

 半分くらい終わった時だろうか。カカオ豆を一粒かざして興味深そうに見つめた。

 


「それにしてもいい香りだ……美味しそうですね」

「ちょっと待ってください……」」

「にが!! リンネ様……これは本当にお菓子なのですか? 悪魔の食べ物では……!?」



 私が止める間もなく、カカオを口に含むと、あまりの苦さに涙目になってしまうジュデッカ様。意外と食いしん坊だったのか、それともこれもチョコレートの魔力なのかしら?



「気をつけてください。カカオだけだと苦くてとちょっといい香りの豆なんです。これに色々と混ぜて美味しいお菓子になるんですよ。次もお手伝いしていただいてよろしいでしょうか? ちょっと力がいるんです」

「うう……申し訳ありません。つい、良い香りがしたもので……力仕事なら私に任せてください」

「ありがとうございます。それではこれをすりつぶしていただけますか?」



 私が苦笑しているとジュデッカ様は汚名返上とばかりに、すり鉢状の魔道具でカカオ豆を砕いていく。流石は騎士だからか、その腕は力強くどんどんカカオ豆が細かくなっていく。そして、完全に粉末状にカカオ豆がなったところで止めてもらった。



「ありがとうございます。あとは私に任せていただけますか?」

「はい、これからどうなるか楽しみです」



 目を輝かしているジュデッカ様から、粉末状のカカオを受け取り、私はあらかじめ厨房からもらった砂糖と新鮮なミルクと一緒に混ぜてフードプロセッサーの魔道具に入れる。ここからは経験がものをいうので私の仕事である。ちなみにこんなに道具があるのは、私が母にどうしてもと頼んだからだ。



 魔道具ってすごいわね……これなら案外簡単にできるかも……



 この世界の文明の力に感動しながらもお母さまってば私に甘すぎないかしら? などと思ってしまう。リンネが我儘に育った理由もちょっとわかる気がする。この恩返しとして、今度作ったチョコレートをご馳走しよう。

 


「リンネ様……これだけ砂糖や牛乳を混ぜればどんなものでも甘くなるのではないでしょうか? ケーキなどとは何か違うのですか?」

「うふふ、それは完成してからのお楽しみです」



 不思議な顔をするジュデッカ様に私は笑顔で答える。チョコレートの魅力は甘さだけじゃないんだけど、それを口で説明するのは難しいのよね。私はどろどろになったチョコをボウルにうつしかえる。あとはテンパリングをするだけである。

 そして、ここからが腕の見せ所である。テンパリングはチョコレートを混ぜている時の感触で温度調整をするため、経験がものをいうのだ。



「リンネ様……ここが勝負どころなのですね? 雰囲気が変わりました」

「流石は騎士様ですね。そうなんです。見ていてください、ジュデッカ様。これがチョコレート作りの……いわば決闘の場面です」

「はい……精一杯応援させていただきます」



 一緒に作業をしていたからか、彼があまりにも真剣に私を手伝ってくれたからか、少し仲良くなった気がして思わず軽口をかわす。

 そして、深呼吸をした私は一度湯煎してから氷水をいれたボールを重ねて冷やして、チョコが餡子のようにねっとりしたら再び湯煎する。徐々に温度を上げてはかき混ぜては温度を均質化する。やはり、前世とはカカオの種類や設備が違うためか、思ったよりはうまくいかなかった。

 だけど、この香り!! この感触!! これは間違いなくチョコレートである!! 



「うふふ……待っててね、チョコちゃん……美味しく作ってあげるからね♡」

「リンネ様……?」



 香ばしい香りに、思わず頬ずりしたくなる衝動抑えながら、ニヤニヤしているとジュデッカ様の顔が引きつっているのに気づく。

 コホンと咳払いをして、再び作業に戻る。あとはクッキーなどに使う型に注ぎ込んで冷やしたら完成である。



「これでひと段落です。あとは固まるのを待つだけですよ」

「お疲れ様です。確かに…あれは美味しそうでしたね」

「今度はつまみ食いをしてはいけませんからね」

「先ほどは失礼しました……」



 私が冗談っぽく注意をすると、まるで犬のようにしゅんとする。なんだろう、最初に会った時とはだいぶ感じが違うような……ちゃんと話してみると『氷の騎士様』っぽさが全然ないわね。



「リンネ様、その……今の私は変でしょうか?」

「ジュデッカ様……? まあ、確かに氷の騎士様らしからぬ行動もしていたように思えましたが……」



 私の言葉にジュデッカ様は大きくため息をつく。



「実はこっちが素なんですよ……私も五大貴族の一人であり騎士の家系ですからね。隙を見せるなと言われているのですが、実は戦いよりも……甘いものが大好きでして……つい……」

「本性が出てしまったと……」



 私の言葉にジュデッカ様が力なく頷いた。まあ、貴族の見栄っていうのもあるものね……確かに驚いたが、悪いギャップではないし、何よりも甘いもの好きだと言うのは素敵なことよね。



「ジュデッカ様。このチョコレートを冷やしていただけますか?」

「構いませんが……」



 チョコレートの入った小さい星形の型を彼に手渡す。怪訝な顔をした彼の手が輝いて、一瞬にしてチョコレートが固まった。

 すごい、まるで、人間冷蔵庫ね。



「それでは、これを召し上がってみてください?」

「え、ありがたいですが……なぜ……?」



 困惑する彼の言葉には答えずに、微笑むと、観念したように口に含んで……目を見開いた。



「これは……素晴らしいくちどけと共に甘みと苦みがやってくる……これが『チョコレート』ですか!! 素晴らしい味だ!!」



 先ほどまでへこんでいた様子どこにいったやら満面の笑みを浮かべるジュデッカ様に私もつられて笑う。そう、人を笑顔にするこれがチョコレートの力である。



「気に入っていただけて何よりです。この甘みは砂糖とミルク。苦みはカカオなんです。そして、このチョコレートの魅力の一つがこの味です。甘いだけもなく、苦いだけでもない。そこが美味しいんです。だから、ジュデッカ様も、『氷の騎士様』でもあり、ちょっと気の抜けたところもあってもいいと思いますよ。二つの要素が組みあがってより、魅力的になるんです」

「リンネ様……ありがとうございます」



 ジュデッカ様は、私の方を見て涙ぐむと、噛み締めるようにしてチョコレートを食べる。今のはちょっと無理やりなこじつけだっただろうか? でも、せっかくチョコを食べているのだ。幸せな気持ちになってほしいだ。

 そして、しばらく、チョコレートを味わっていた彼だったが私の方をじっと見つめる。



「リンネ様のおかげで悩みが軽くなった気がします」

「うふふ、これもチョコレートの魔力でしょうか」

「そうですね……チョコレートとリンネ様のお力です。その……お願いがあるのですがよいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」



 私が聞き返すと彼はなぜかもじもじとして……意を決したように口を開く。



「また、チョコレートを食べさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです。ジュデッカ様と私はチョコレート仲間ですからね」

「ありがとうございます。あと……私の事はジュデッカと呼んではいただけないでしょうか?」

「別に構いませんが……では、私の事もリンネと呼んでいただけますか?」



 わたしがそう言うと彼は満面の笑みを浮かべる。要するに正式にお友達になったという事だろう。大分心を開いてくれたし、ここまで仲良くなったら変に距離をとろうとするよりも一緒にいたほうがいいだろう。

 そうすればアリスとの仲もサポートできるし……それに、彼は異世界で初めてチョコレートの魅力を理解してくれ、友人になってくれたのだ。



「はい、もちろんです!! リンネ……」

「なんでしょうか、ジュデッカ」



 ぎこちなくだが、敬称無しで呼ばれたので、私も同じように呼び返すと彼はなぜか顔を真っ赤にしてしまった。そして、なぜか身支度をバタバタと始める。



「その……お見舞いと言いつつ、つい長居をしてしまい申し訳ありません。それでは失礼します」



 一体どうしたのだろうか? 顔を真っ赤にしたまま外へと出て行ってしまった。もう少しで他のチョコレートもできあがるのにな……

 結構あわてんぼうなのかしら?

 そして、ジュデッカ様……じゃなかった。ジュデッカを見送った私はノエルを呼びだした。



「あ、リンネ様、ジュデッカ様とはどうでした?」

「ええ、おかげさまでずいぶんと仲良くなれたわよ」

「そうですか、よかったです」



 何やら嬉しそうな顔をして勘違いをしているノエルだが、私たちはあくまで友人になっただけである。それよりもだ。



「ノエルに一つだけお願いがあるんだけどいいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」



 怪訝な顔をするノエルに私は自分の考えを説明する。元々チョコレートを食べたいという思いで作ったのだが、ジュデッカの顔を見て、もしかしたら、チョコレートは破滅フラグを避けるために役に立つかもしれないと思ったのだ。



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これでプロローグ的なのが終わりました。

ショコラティエとしての道が始まります。


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